

玄関先に掲げられた檜の一枚板の看板。『城西館』の文字は吉田茂の遺墨である。

40年前のオールドパーが保存されているギャラリーの前には、葉巻にステッキ、和服、白足袋姿で知られる吉田首相の銅像が立っている。

老舗らしく城下町の風情を漂わせる外観。 |
「これが、吉田茂首相の残されたスコッチ・ウイスキーです」
案内してくれた宿のスタッフが、飾り棚の鍵を開け大事そうに抱えて持ってきたのは、古びた一本のオールドパーだった。
城西館。その名のとおり高知城の西にあり、明治七年創業という高知で最も古い老舗旅館だ。吉田が初めてこの宿に泊まったのは、昭和二十一年十一月のことだった。
吉田茂といえば、第二次大戦後の占領期を中心に七年余り首相を務め、日本を復興に導いた昭和を代表する政治家である。旧土佐藩士で自由民権運動家の竹内綱の五男として東京に生まれた彼は、生後間もなく横浜で貿易商を営む父の友人・吉田健三の養子となった。誕生以来、高知に住んだことはなかったが、実父の故郷である高知は、彼の選挙区。選挙のたびに高知を訪れ、そのとき常宿としていたのが、ここ城西館だったというわけだ。
外交官時代にイギリス大使を務めた経験からか、英国趣味を持ち何ごとにつけても一流のものを好んだという。酒はスコッチ・ウイスキー党。当時としては大変高価な品で、田舎町ではなかなか手に入らなかったらしく、高知へ来るたびに側近が必ず持参していたそうだ。
「これは、吉田先生が最後に高知を訪れた時のものではないかと…。たしか昭和三十五年の十一月でした」
城西館の女将・藤本佐和子さんが、飲みかけのボトルを愛でるようにして話してくれた。手にとってみると、側面に小さな白い紙きれが貼ってあり、何か書いてある。
「思い出深い 吉田先生 御使用の残り そのまゝ」
これを書いたのは、先代の女将・藤本楠子さん(故人)。佐和子さんのお母様である。高知での吉田を陰から常に気遣い、旅館の女将として何かと世話をした。娘の佐和子さんもそれを手伝ったそうだ。
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