
高知には面白い駅弁がある。『鯖の姿寿し』、太平洋に面した“南国土佐”にふさわしい豪快な駅弁だ。しかし現物を見た時には、少しばかり驚いた。なぜなら、まんま1匹の鯖が「どぉだぁー!」と言わんばかりの潔い姿で横たわっているからだ。上から見るとわからないが、中には酢飯がぎっしりと詰まっている。背開きにした鯖の内臓などを取り除き酢で締める。そして内臓の代わりにご飯を包み込む。徳島の『ボウゼの姿寿司(35頁参照)』と相通じるものがあるが、四国の太平洋側では魚を丸ごと寿司にするのが好きなのであろうか。何はともあれ、豪快な気質であることだけは間違いなさそうだ。しかも、徳島と同様にこの駅弁は高知の郷土料理で、祝宴の席を賑やかにする皿鉢料理の一品でもある。そのまま食べるのはもちろん、軽く火に炙って食べてもまた美味い――とは土地っ子の弁。確かに脂ののった腹のあたりは美味しそうだ。だが、どう考えても頭や尻尾は食べられそうもない。この部分、駅弁に入れなくてもいいのでは? 結局、ゴミになるのだし。
その言葉をそのまま口に出したら、調製元である『あんどう』の安藤高さん(39歳)は、ちょっと困った顔をした。それもそのはず、この鯖の姿寿司を駅弁にしようと思い立ったのは、安藤さんでも、安藤さんのお父さんでもない。平成15年1月まで高知駅弁の調製元であった、中央食堂なのだから。知人を介して、中央食堂の町田富彦さんから「駅弁の後継者になって欲しい」と打診された安藤さんは「正直言って、あまり乗り気ではなかった。大変な負担になることはわかっていましたから」と話す。

そもそも『あんどう』は、安藤さんの祖父が昭和34年に仕出し屋として創業。その跡を継いだ父が、昭和60年に急逝。高知を離れて流通業に就いていた安藤さんは急遽、呼び戻された。
「弁当屋は1年365日休みがないし、朝早くから夜遅くまで仕事をしないといけない。それがイヤでサラリーマンをしていたから、こんなに早く跡を継ぐことになるなんて…と途方にくれました。でも、弁当屋が自分を大きくしてくれたのだし、父親のことを誇りに思っていたんです」。しかも、何はともあれ注文をこなさなくてはならない、そんな切迫した状況があった。1日も休むことができないのが弁当屋の宿命だ。それに抗わず、安藤さんは24歳で弁当屋になった。
弁当屋を継いだ経緯を聞いたついでに、他店の駅弁まで背負い込むことになった理由がどうしても知りたくなった。「うーん、そんなに立派な考えがあったわけじゃないけど、高知から駅弁を無くしたくないと思ったんです」とポツリ。結局、駅弁の継承を承諾した安藤さんは、中央食堂の町田社長に一つだけ条件を出した。「自分のやり方でやっていいのなら」。
現在、安藤さんは味やアレンジに独自の工夫を加えた、『あんどう』版の高知駅弁を作りだしている。今春には新しい駅弁も売りだした。「乗りかかった船ですから」と自分に言い聞かせるように呟く安藤さんの体を流れるのは、紛れもなく土佐のいごっそうの血である。

『あんどう』が中央食堂から受け継いだ名物弁当は姿寿司だけではない。駅弁には御法度とされている半生の魚を使った『かつおのたたき弁当』もその一つだ。おかずの主役は土佐の名物・カツオのたたきで、切り身の下に蓄冷材を敷いて鮮度を保っている。このカツオや鯖など、高知駅弁に無くてはならない魚の仕入れを託されているのは、ひろめ市場に店を構える土佐黒潮水産の西岡稔さん(42)。「姿寿司の鯖は大きすぎても、小さすぎてもいかん。30センチばぁの手頃なヤツで、目が透き通った、腹の堅いのを選びよるきに」。若い頃から市場に勤めており、平成7年に独立した西岡さんは、自身の魚を選ぶ目には絶対の自信を持っている。
「でもあれよなぁ。ワシが選んだ魚が駅弁になっちょると思うと、悪い気はせんな」。こんなことを言いながらも、実は彼はまだ高知の駅弁を食べたことがない。「1回食べてみんといかん。なぁ!」と日焼けした顔を笑み崩した。
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▲朝一番の積み込みは5時半。弁当作りは早朝3時から始まる(高知駅プラットホームにて)。

▲自慢のゴマサバを手に鮮度をアピール。ちなみに駅弁にはこれより小ぶりな物を使う。
◎仕出し、弁当のあんどう
高知県高知市若松町5-28
088-883-1000 

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