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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第八十八番札所 大窪寺
御詠歌/南無薬師諸病なかれと願いつつ詣れる人はおおくぼの寺
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言宗
開 基/行基

大窪寺までのアクセス
高松西インターチェンジから国道32号線・11号線東バイパス・県道10号線を経由し長尾町へ。長尾町役場前から県道3号線を南下し、二叉路を左折して国道377号線へ。標識に沿って道なりに進む。約1時間40分。

香川県さぬき市多和字兼割96
0879・56・2278

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、100台、山門前・境内まですぐ )
第八十八番札所 大窪寺
▲深い緑の中に立つ山門

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緑深い山中で遍路を迎える「結願の寺」
歴史・全体像
 遍路の締めくくりとなる、八十八番の「結願寺(けちがんじ)」。海抜787mの矢筈(やはず)山の東腹の山中にある。寺伝によると、養老年間(717〜723)、行基が堂を建立したことに始まる。その後弘法大師が巡錫中、胎蔵ヶ峰(たいぞうがみね)の岩窟で求聞持法を修し、薬師如来を刻んで本尊とし、堂宇を整えたという。この時大師は、唐の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から授かった、三国(インド、唐、日本)伝来の錫杖も本尊と共に納めている。
 その後は多くの信徒を集め、僧坊も100を超えるほどだったという。また早くから女性の入山を許したので「女人高野」とも呼ばれ栄えていたが、天正の兵火で焼失。初代高松藩主松平頼重が寺領を寄進し再興。2代頼常も本堂や仁王門の修復を行った。しかし明治33年(1900)の火災で堂塔を焼失し、二天門を除く現在の建物はその後再建されたものだ。
 深山の木々に包まれた境内は、春は桜、秋は紅葉、冬は雪景色と四季折々に美しく、遍路の疲れをいやしてくれる。
本堂
 正面の礼堂と中殿、多宝塔のような奥殿から成り、本尊と三国伝来の錫杖は奥殿にまつられている。本尊はホラ貝を持った珍しい姿の薬師如来で、このホラ貝ですべての厄難諸病を吹き払うという。
▲本堂は阿弥陀堂と並んでいる
大師堂
 建物は本堂手前から石段を登った所にあるが、堂内へは地下の内拝口から入る。内部には八十八カ所の本尊がすべてまつられており、八十八カ所のお砂踏みもできる(納経所で申し込み)。
▲険しい峰に抱かれるように諸堂が並ぶ
ここが見所
奉納金剛杖
 境内には、結願したお遍路さんが奉納した金剛杖や菅笠が大量に置かれている。88の札所を無事に巡り終えたことの証だ。これらの奉納品は毎年春分の日と8月20日に催される柴灯護摩供(さいとうごまく)で焚き上げられる。また大師堂横に、金剛杖を納める「寶杖堂(ほうじょうどう)」が造営されている。
ここが見所
種田山頭火(たねださんとうか)句碑
 本堂横、阿弥陀堂前にある「ここが打留の水があふれてゐる」の句碑。漂泊の歌人・山頭火が当寺で詠んだもの。山頭火は長尾町で多くの歌を詠み、町内には「夜が長い谷の瀬音のとほくもちかくも」など、10基ほどの句碑が建てられている。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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