
 |
       |
 

 |
御詠歌/国を分け野山をしのぎ寺々にまいれる人を助けましませ
本 尊/十一面千手観世音菩薩
真 言/おん ばさら たらま きりく
宗 派/古義真言宗御室派
開 基/行基
国分寺までのアクセス |
高松西インターチェンジから県道12号線を西へ。つきあたりのT字路を右折し、国分寺町役場前を直進。JR高架橋を越え、県道33号線との交差点を左折。約15分。
香川県国分寺町国分2065
087・874・0033
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、20台、山門前・境内まで徒歩すぐ) |
|
|
 |
|

▲仁王門の前には枝ぶりのいい松が
|
 |


歴史・全体像 |
 |
天平13年(741)、聖武天皇の勅願により全国に建立された国分寺の1つ。行基が十一面千手観世音菩薩像を安置して開基した。弘仁年間(810〜823)、弘法大師が本尊を修復し、堂塔を増築したという。当時は東西220m、南北240mの広大な寺域をもち、金堂や鐘楼、七重塔、僧房などが立ち並ぶ大寺院であった。現在境内に残っている金堂跡や塔跡の礎石からも、その頃の規模がうかがえる。
その後、天正年間(1579〜1591)に兵火にかかり、本堂と鐘楼を残して伽藍を焼失。慶長年間(1596〜1614)に讃岐国守・生駒一正(いこまかずまさ)によって再興され、江戸時代には高松藩主松平家代々によって庇護された。
参道両側には八十八カ所の本尊の石仏が並び、境内には地蔵堂や閻魔堂、縁結社(えんむすびしゃ)などさまざまなお堂や社が点在している。また松並木も多く、見事な枝ぶりの緑に心がなごむ。 |
本堂 |
 |
| 鎌倉中期の建築で、重要文化財。かつての講堂を再建したもの。本尊(重要文化財)はケヤキの一木造りで、開帳されない秘仏。この本尊には「弘治三丁六月二十八日四国中辺路同行二人」「大永八年五月二十日安芸宮島一之浦同行四人南無大師遍照金剛」という落書きがあり、室町時代に遍路が来ていたことがうかがえる。 |

▲入母屋造り、九間四面という大きな本堂 |
大師堂 |
 |
| 本堂に向かって右手の塀の中にある。多宝塔のような二重塔で、塔の部分が大師堂、手前の建物の中が納経所と、線香やみやげものなどの売場。大師堂へは納経所の中からおまいりするようになる。堂の前には千体水子地蔵がまつられている。 |
 |

▲松並木の静かな境内 |
ここが見所 |
 |
金堂跡礎石
本堂前に点在する、讃岐国分寺旧金堂の礎石。33個がほぼ原位置で残っており、これをもとに東西28m、南北14mの建物が復原できるという。また地蔵堂前には塔跡の礎石が15個あり、これから高さ63m、1辺10mの七重塔が復原できる。両方とも国指定史跡。 |
 |
ここが見所 |
 |
梵鐘
天平年間の創建当時に鋳造された、四国最古級といわれている鐘で、重要文化財。その昔、塩江町の百々渕(どどがぶち)にいた大蛇がかぶっていたものを、弓の名人が退治して国分寺に寄進したという伝説がある。また、讃岐国守・生駒一正を悩ませた鐘でもある。 |
 |
 |
|
 |
|
|
|
▲ページトップへ  |
 |

※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
 |
 |
 |

Copyright © 1997-2005 GOURMET NAVIGATOR INC. All rights reserved. |