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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第七十九番札所 天皇寺
御詠歌/十楽の浮き世の中をたずぬべし天皇さえもさすらいぞある
本 尊/十一面観世音菩薩
真 言/おんまか きゃろにきゃ そわか
宗 派/真言宗御室派
開 基/弘法大師

天皇寺までのアクセス
坂出北インターチェンジから県道33号線を東へ向かう。JR八十場駅を過ぎた所で、標識のある交差点を右折し参道へ。約10分。

香川県坂出市西庄町八十場1713-2
0877・46・3508

宿 坊/なし 駐車場/あり(200円、7台、納経所前と裏参道口・境内まで徒歩すぐ )
第七十九番札所 天皇寺
▲本堂

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崇徳上皇の悲劇を伝える霊泉のそばの寺
歴史・全体像
 坂出市郊外、静かな田園地帯の中にある寺。寺伝によると、弘仁年間(810〜823)、弘法大師ご巡錫のおり、近くの八十場(やそば)の霊泉を通りかかった時、霊気を感じ、薬師如来を彫って寺を建立したという。当時は「妙成就寺摩尼珠院(みょうじょうじゅじまにじゅいん)」と号していた。
 保元元年(1156)、保元の乱にやぶれた崇徳(すとく)上皇は讃岐へ配流。現在の坂出市内にあった雲井御所(くもいのごしょ)、木丸殿(このまるでん)で過ごしたが、当寺へもよく来られた。長寛2年(1164)8月、この地で上皇崩御。都から葬儀の指示があるまでの約20日間、遺体は八十場の泉に浸けて保存され、棺は当寺に安置された。その後、上皇の冥福を祈願して崇徳天皇社が建立され、当寺はその神宮寺となった。天皇ゆかりの寺ということで「天皇寺」と呼ばれるようになったという。その後、3万坪の広大な境内をもつ寺となったが、天正年間に兵火にあい焼失。跡地に摩尼珠院筆頭末寺の高照院(こうしょういん)が移転、本尊を移して「天皇寺高照院」と号した。このため地元では「高照院さん」とも呼ばれている。
 江戸時代には朝廷と讃岐藩主松平家の庇護を受け復興。朝廷からの祭事料奉納用の菊花の紋入り三方と、松平家からの葵の紋入り三方が寺に伝わっている。明治初年、神仏分離により崇徳天皇社と天皇寺は二分。現在、崇徳天皇社は白峰宮となっている。遍路の道順としては、当寺から順打ちで80番国分寺へ向かう他、先に五色台の81番白峯寺・82番根香寺を打ってから国分寺へ降りることも多い。
本堂・大師堂
 鳥居のある門を入ると参道正面に白峰宮、向かって左手のすみに本堂と大師堂が棟続きで、くの字型に並んで立っている。建物は江戸時代、松平家によって再建されたもの。本尊の十一面観音像は、8月の御開帳大般若法要の時のみ開帳される秘仏。客殿と納経所は参道をはさんで向かい側の塀の中にある。
▲大師堂

▲山門ではなく、大きな赤鳥居が立っている
ここが見所
白峰宮
 崇徳上皇の御霊を慰めるために建立されたという神社。上皇崩御の際、毎夜のように東方に怪星が現れたので、3代後の二条天皇がここに崇徳天皇社を建立したという。その後、後嵯峨天皇により、荘園などが奉納された。
ここが見所
八十場の泉
 天皇寺から50mほど西にある、七十九番元札所。景行天皇の時代、悪魚の毒に当たった兵士88人の命を救ったという伝説からこの名があり、「弥蘇場」とも言われる。古くから霊地とされ、弘法大師が霊威を感得した。ここから白峰宮までの裏参道が続いている。

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