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御詠歌/我れ住まばよも消え果てじ善通寺深き誓いの法のともし火
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言宗善通寺派
開 基/弘法大師
善通寺までのアクセス |
善通寺インターチェンジから琴平町向きに国道319号線へ。グリーンハウスを右折、コスモ石油左折。直進すると、西院に繋がる大駐車場に着く。約10分。
香川県善通寺市善通寺町3-3-1
0877・62・0111
宿 坊/あり(要予約) 駐車場/あり(200円、167台、境内入口・境内まですぐ) |
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▲樹齢1,000年を越える大楠
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歴史・全体像 |
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善通寺市は善通寺の門前町として栄えた町。ここは弘法大師生誕の地で、真言宗善通寺派の総本山にして高野山、東寺と共に大師三大霊場の一つに数えられる。広大な境内は、伽藍と呼ばれる東院と誕生院と呼ばれる西院に分かれ、併せて45万平方メートルにも及ぶ。
善通寺の創建は、大同元年(806)、唐から帰国した大師が先祖の菩提を弔うために建立したのが始まり。讃岐の豪族だった父・佐伯直田公善通(さえきのあたいたぎみよしみち)から荘田を貰い受け、この地に唐の八ヵ霊場の土砂を撒き、唐の青龍寺の伽藍の雰囲気そのままに再現しようとした。この時、寺号は父の「善通」からもらい、山号は寺の背後に香色山、筆山、我拝師山、中山、火上山の5峰がそびえていることから「五岳山」と名付けられた。
七堂伽藍が完成したのが6年後の弘仁4年(813)、この時に本堂も建て、大師は薬師如来を本尊として刻み、安置した。永禄元年(1558)の兵火によって金堂(本堂)は焼失してしまったが、本尊は焼失を免れることができた。現在の金堂は貞享2年(1685)に再建されたもので、新たに運長が刻んだ薬師如来を本尊とし、大師が刻んだものは胎内仏として祀られるようになったのである。
寺宝も数多く残されており、御影堂(大師堂)内の宝物館で閲覧できる。中でも大師が書を、母の玉依御前が仏像を描いたという「一字一仏法華経序品(いちじいちぶつほっけきょうじょほん)」や、留学中に恵果和尚から真言宗第八祖の証として授けられた「三国伝来金銅錫杖(さんごくでんらいこんどうしゃくじょう)」は、国宝指定。 |
本堂 |
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| 金堂と呼ばれる本堂は東院にある。東院には他に五重塔、常行堂(じょうぎょうどう)、三帝御廟などがあり、東に赤門、西に中門、南に大門のそれぞれから入れるようになっている。金堂の上層に掲げている「大宝楼閣陀羅尼(だいほうろうかくだらに)」の額は流麗な筆跡が素晴らしく、必見。金堂の周囲には五百羅漢像を安置している。 |
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大師堂 |
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| 御影堂(みえどう)と呼ばれる大師堂は西院にある。西院は誕生院と呼ばれる大師個人にまつわる空間。東院から続く仁王門から入るが、大駐車場から済世橋(さいせいばし)を渡って正覚門(しょうがくもん)からも入れるようになっている。御影堂は礼堂、中殿、供養殿、奥殿があり、大師は奥殿で誕生したと言われ、大師自筆の自画像「瞬目大師(めひきだいし)」も安置している。 |
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▲高さ45mの五重塔がそびえる東院 |
ここが見所 |
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戒壇廻り
御影堂の地下にある約100mの通路。前を歩く人の姿さえも見えないスリリングな空間で、胎内のような真っ暗な闇を壁づたいに廻る。「悪行のある者は出られない」と言われているが、大師を慕い、精進して歩けば、いずれ大師が明るい灯を灯してくれるとか。宝物館拝観と合わせて大人500円。 |
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ここが見所 |
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御影(みかげ)の池
御影堂の正面にある小さな池。弘法大師が唐に留学するため京より帰宅した時、母の玉依御前が非常に名残り惜しんだので、この池の面に姿を写して自画像を描いて母君に贈ったという。また、この池を覆っていた松はすでに枯れてしまったが、池の前に枯木として保存し、「御影の松」と呼ばれている。 |
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