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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第七十四番札所 甲山寺
御詠歌/十二神味方に持てる戦には己れと心かぶと山かな
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言宗善通寺派
開 基/弘法大師

甲山寺までのアクセス
善通寺インターチェンジから琴平町向きに国道319号線へ。グリーンハウス、コスモ石油、喫茶朝比奈を順次、右折。砂利置場を過ぎ、弘田川に沿って走る。約10分。

香川県善通寺市弘田町1765-1
0877・63・0074

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、30台、境内入口・境内まですぐ)
第七十四番札所 甲山寺
▲大師堂横にある親子地蔵

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謎の翁のお告げを受けて開いた札所は満濃池治水の祈願寺
歴史・全体像
 弘田川の流れに沿っていくと、小高い丘のような標高87mの甲山(かぶとやま)の麓にある甲山寺が見えてくる。この辺りは弘法大師の故郷で、幼少の頃は泥の仏像や草木の小堂を作って遊んでいたという。
 平安時代初期、弘法大師が善通寺と曼荼羅寺の間に寺院を建立しようと霊地を探していた。すると、甲山の麓で一人の翁に出会い、「私は昔からこの地に住み、人々に限りない幸福と利益を与え、仏の教えを広めてきた聖者である。この地に寺を建立すると良い。そうすれば、その寺は私がいつまでも守護するであろう」と告げたという。大師はさっそく石を割って、毘沙門天像を刻み、山の岩窟に安置した。これが甲山寺の始まりである。
 その後、琴平の近くにある満濃池という巨大な溜め池が決壊し、地元の人達は手を焼いていた。弘仁12年(821)、京都にいた大師は朝廷に満濃池造の別当に任命されて帰郷し、工事を指揮、わずか3ヵ月で完成させたと伝えられている。大師は朝廷から贈られた報奨金の一部を使い、甲山に堂宇を建立。この時、工事の無事を祈願して刻んだ薬師如来を本尊として安置した。そして、山の形が毘沙門天の甲冑の形に似ているので、寺号を甲山寺とし、札所に定めたと言われている。
本堂
 山門を入ると正面に建っているのが本堂。甲山の木々をバックに、なかなかの風情を漂わせている。満濃池工事の無事を祈願した薬師如来が祀られている。桧の一本造りで、重厚な力強い姿である。
▲背後に甲山がそびえる
大師堂
 大師堂は本堂の左手にある石段を登ったところの正面に建っている。中には黒衣をまとった大師像が祀られている。また、近くには鐘楼や毘沙門天を安置している岩窟もあり、いかにも霊地らしく、辺りは清浄な空気に満ちているかのようである。
▲白壁の塀に囲まれた、簡素な造りの境内
ここが見所
岩窟の毘沙門天
 甲山寺の縁起となった毘沙門天像を安置している岩窟。大師堂の隣にある。この岩窟から翁が現れて、暗示を受けたと言われている。

▲中を覗いてみよう
ここが見所
子安地蔵尊
 大師堂へ登る石段の隣りに祀られているお地蔵様。ある時、子供に恵まれない女性がお参りし、地蔵の前掛けを持って帰ったところ、めでたく子供に恵まれたという。そのお礼に新しい前掛けを作ってお供えした。それ以来、子供を授かるありがたい地蔵として、前掛けを持って帰っては新しく作り、お礼にお供えしていく参拝者が後を絶たないとか。側に「ありがたやめぐみもふかきちをわけて いえのよつぎをまもるみほとけ」とある。

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