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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第七十三番札所 出釈迦寺
御詠歌/迷いぬる六道衆生救わんと尊き山にいずる出釈迦寺
本 尊/釈迦如来
真 言/のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
宗 派/真言宗御室派
開 基/弘法大師

出釈迦寺までのアクセス
善通寺インターチェンジから観音寺市内向きに国道11号線へ。高速の高架をくぐると看板が角ごとに現れる。団地を通り抜け、曼荼羅寺を過ぎて左折、直進。約15分。

香川県善通寺市吉原町1091
0877・63・0073

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、10台、参道の麓・ 境内まで徒歩約5分)
第七十三番札所 出釈迦寺
▲境内からも奥之院が見える

お寺の場所を地図で見る近辺の宿泊施設一覧

眺望絶景の断崖を仰ぎ見てしのぶ弘法大師7歳の決心
歴史・全体像
 曼荼羅寺を出てさらに山道を登ると、標高481mの我拝師山(がはいしざん)が間近に迫る出釈迦寺が見えてくる。この山はかつて、倭斬濃山(わしのやま)と呼ばれていた。
 弘法大師は幼少の頃、八葉蓮華の中に座って諸仏と語らう夢をよく見ていたという。7歳の大師は、仏道に入って救世の大誓願を立てようと倭斬濃山の山頂に立ち、「仏門に入って多くの人々を救いたい。この願いが叶うならば釈迦如来よ、現れたまえ。もし、願いが叶わぬならば、一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる」と願をかけ、断崖絶壁に身を投げた。しかし、落下していく大師の体の下方に紫雲がたなびき、蓮華の花に座した釈迦如来と、羽衣をたなびかせた天女が現れたのである。雲上で大師を抱きとめ、「一生成仏」の旨を告げた。一命を救われ、その願いが成就することを示された大師は感激し、後に釈迦如来の像を刻み、これを本尊として堂宇を建てて出釈迦寺とした。この時に倭斬濃山も我拝師山に改めたと言われている。その頂上には奥之院が作られ、捨身ヶ嶽禅定(しゃしんがたけぜんじょう)と呼ばれている。
本堂・大師堂
 ちょっと小ぶりで簡素な造りながら、堂々とした風格を漂わせる楼門をくぐると、本堂と大師堂が軒を連ねているのが見える。右側にあるのが大師堂。中に安置されている大師像は、緋色の衣を身につけている。これは、定期的に新調されているとか。

▲弘法大師はこの寺で仏道に入る決心をした

▲本堂と大師堂は軒続き

▲捨身ヶ嶽禅定から稚児大師像を望む
ここが見所
捨身ヶ嶽禅定
 我拝師山の頂上に建つ奥之院。境内から約1.8km、歩いて約40分の登り。さらに100m先に石の護摩壇と稚児大師像が立っている。そこが大師が身を投げた岩場(行場)である。鎖を使って岩場を登れば、下は谷底。しかし、讃岐平野から瀬戸内海の島々まで見渡せる眺望が目前に広がる。
ここが見所
奥之院遥拝所(おくのいんようはいじょ)
 本堂左手の石段を少し登ったところにある、捨身ヶ嶽禅定に登れない人が参詣するところ。ここで念仏を唱えれば、捨身ヶ嶽禅定に登ったことと同じご利益が得られるとか。ここから捨身ヶ獄禅定の建物を仰ぎ見ることができる。また、その周辺には出釈迦寺の縁起にまつわる石碑や、虚空蔵菩薩堂もある。

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