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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第七十二番札所 曼荼羅寺
御詠歌/わずかにも曼荼羅おがむ人はただふたたびみたびかえらざらまし
本 尊/大日如来
真 言/おん あびらうんけん ばざらだどばん
宗 派/真言宗善通寺派
開 基/弘法大師

曼荼羅寺までのアクセス
善通寺インターチェンジから観音寺市内向きに国道11号線へ。高速の高架をくぐると、看板が角ごとに現れるので従う。団地を通り抜けると右手に見えてくる。約15分。

香川県善通寺市吉原町1380-1
0877・63・0072

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、6台、境内の裏・境内まで徒歩約1分)
第七十二番札所 曼荼羅寺
▲「昼寝石」と「笠掛桜」

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西行法師も訪れた弘法大師の先祖を祀る曼荼羅の寺
歴史・全体像
 周辺に田圃が点在する穏やかな風景を通り過ぎていくと、重厚な山門がぽっかりと現れてくる。曼荼羅寺が創建されたのは、推古天皇4年(596)で、弘法大師の祖先である佐伯家の氏寺として建立されたものだ。
建立された当時は世坂寺(よさかじ)と称していたが、大同2年(807)、唐から帰国した弘法大師は亡き母の菩提を弔うため、青龍寺を模して伽藍を建て、大日如来を刻んで本尊とした。この時、唐から持ち帰った金剛界と胎蔵界(たいぞうかい)の曼荼羅も安置し、寺号も曼荼羅寺と改めたという。
 本堂の中は、仏教の宇宙感を具現化した曼荼羅空間が広がっているという。「曼荼羅」とは、真言密教の根本を成すもので、大日如来を中心に輪を描く仏の世界を体系的に図示したもののこと。それにならい、本堂の中心には大日如来を安置している。
 また、平安末期の漂泊の歌人、西行法師は諸国を行脚中、この近くに滞在し、寺の境内でしばしば休息していたという。本堂前には「昼寝石」と「笠掛桜」があり、西行はこの大きな平石の上で昼寝をしていたとか。ある時、同行した旅人が桜の木に笠を掛け忘れていたのを見た西行は、「笠はありその身はいかになりぬらん あはれはかなきあめが下かな」と詠んだ。その歌碑は昼寝石の横に立っている。
本堂
 山門をくぐると小さい石橋があり、その向こうに風格ある本堂が建っている。370枚で構成されている格天井は、内陣と外陣に分かれており、それはまるで宇宙の仕組みを解き明かすかのよう。内陣は天空を意味する「二十八宿」の星座を描き、星座中央には「法輪」、四隅には守り役の「羯磨(かつま)」が配されている。外陣は緑色を基調に仏の世界の荘厳花である「暈繝(うんげん)の花」が一面に描かれている。
▲中には曼荼羅の空間が広がる
大師堂
 石橋を渡って左手に建っているのが大師堂。その周辺には桜の木が生い茂っており、満開の季節には素晴らしい眺めを楽しめる。
▲奥に駐車場と繋がる裏口があるが、参拝は山門から

▲山門を入り、石橋を渡って境内へ
ここが見所
不老の松
 菅笠を二つ、地面にすっぽり伏せたような老松は、通称「笠松」と呼ばれている。樹齢1200年を数えながら、松葉の緑はなおも鮮やか。高さ4m、東西17m、南北18mで、およそ132畳に渡って地面を覆う。寺名を改めた記念として弘法大師が手植えしたと言われており、古くから神仏が降臨する「依り代」とも考えられてきた。現在は県の自然記念物に指定されている。
ここが見所
観音堂
 本堂から回廊づたいの右手に位置する観音堂には、聖観音立像が安置されている。等身大の桧一本造りで、藤原期の作品。端麗ながら、ふくよかで親しみやすい姿は、藤原時代の特徴である。県の重要文化財に指定されており、外から目にすることもできる。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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