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御詠歌/観音の大悲の力強ければ重き罪をも引き上げてたべ
本 尊/聖観世音菩薩
真 言/おん あろりきゃ そわか
宗 派/真言宗大覚寺派
開 基/日証上人
観音寺までのアクセス |
大野原インターチェンジから高松市内向きに国道11号線・県道8号線へ。JR予讃線の踏切を越え、直進。財田川を渡れば、琴弾山麓に駐車場がある。約15分。
香川県観音寺市八幡町1-2-7
0875・25・3871
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、20台、寺のすぐ横・境内まで徒歩約1分) |
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歴史・全体像 |
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神恵院と同じく、観音寺も大宝3年(703)に日証上人によって琴彈八幡宮の神宮寺として建立された寺。神恵院境内から石段を降りればすぐに、観音寺の境内にたどり着く。札所間の距離は四国霊場中、最短だ。境内が隣接しているため、ほとんど一つの寺のような雰囲気である。
寺伝によれば、日証上人が八幡大菩薩を琴弾山頂に祀った際、その神船は神功皇后ゆかりのあるものなので、皇后の像も合わせて祀ったという。大同年間(806〜810)、唐から帰国して間もない弘法大師がここを訪れ、そのまま第七代住職になっている。大師は神功皇后は観世音の生まれ変わりとして聖観世音菩薩像(しょうかんぜおんぼさつぞう)を刻み、ここの本尊とした。そして、寺号も観音寺と改めて六十九番目の札所に定めたのが始まりである。
改号と共に大師は、この寺を奈良の興福寺にならって七堂伽藍を建立したという。中本堂には聖観世音菩薩、西金堂(にしこんどう)には薬師如来と十二神像、東金堂(ひがしこんどう)には弥勒菩薩(みろくぼさつ)を安置していた。現在、西金堂に神恵院があり、薬師如来は本堂に安置されている。 |
本堂 |
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| 金堂とも呼ばれる本堂は、国の重要文化財にも指定。室町時代初期の建築とされており、文明4年〜大永5年(1472〜1525)の間に大修復が行われ、昭和36年(1959)にも解体修理が施されている。この本堂には、本尊である聖観世音菩薩と薬師如来、阿弥陀如来座像を安置している。雑木林の緑を背景にした姿は、朱塗りの柱が鮮やか。室町時代の面影そのままに、簡素でありつつ雅びな雰囲気をたたえている。 |
大師堂 |
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| 神恵院への石段の登り口にある愛染堂に隣接してある。本堂と共に朱塗りの柱が鮮やかで印象的。天井に施された曼荼羅図も精巧で素晴らしい。桓武、平城、亀山と歴代の天皇の勅願所に定められて繁栄した時代をしのばせる。 |

▲天井の曼荼羅図 |
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▲石段の向こうに神恵院がある |
ここが見所 |
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巍巍園(ぎぎえん)
書院の背後にある山の斜面と岩石、流水を上手く利用した回遊式庭園で、ツツジの名所としても有名。第四十五世大政大僧正道尊和上(だじょうだいそうじょうどうそんわじょう)の作庭で、庭園の上方に高く突出している巨岩は、須弥山(しゅみせん。仏説では、この世は八つの山と八つの海から成り、その中心にあるのが須弥山であるとされている)を模したものと伝えられている。神恵院の改修に合わせて巍巍園も整備されている。 |
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ここが見所 |
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沓音天神
仁王門の脇にある小さな天神様の社。一夜庵主の山崎宗鑑が尊崇していた。ある夜、庵に尊い声が訪ねてきたが、沓(くつ)の音だけで姿は見えず、後を追っていくとこの社で沓音が消えたという伝説から、この名前がついた。 |
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