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御詠歌/笛の音も松吹く風も琴弾くも歌うも舞うも法のこえごえ
本 尊/阿弥陀如来
真 言/おん あみりた ていぜい からうん
宗 派/真言宗大覚寺派
開 基/日証上人
神恵院までのアクセス |
大野原インターチェンジから高松市内向きに国道11号線・県道8号線へ。JR予讃線の踏切を越え、直進。財田川を渡れば、琴弾山麓に駐車場がある。約15分。
香川県観音寺市八幡町1-2-7
0875・25・3871
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、20台、石段すぐ横・境内まで徒歩約2分) |
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▲大師堂の屋根に乗る小さな仏像
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歴史・全体像 |
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琴弾山(ことひきざん)の中腹に立つ神恵院と観音寺は、一つの境内に二つの札所がある一寺二札所で、非常に珍しい構えとなっている。境内の隅に納経所があるが、観音寺の納経所も兼ねているので、二札所の納経が一緒にできるという、お遍路さんにとってはありがたい札所である。
大宝3年(703)、琴弾山で修行をしていた法相宗(ほっそっしゅう)の日証上人は、八幡大菩薩を乗せた神船が近くに漂着したのを発見した。それを里人と一緒に琴弾山頂に運び、社殿を作って琴彈八幡宮を祀ったと伝えられている。その後、養老6年(722)には行基がこの地を訪れ、後に弘法大師も訪れた。この時に琴彈八幡の本地仏である阿弥陀如来像を描いて本尊とし、寺号を琴弾山神恵院と名付けて第六十八番札所に定めたのが始まりである。しかし、明治時代の神仏分離令により琴彈八幡宮に安置されていた阿弥陀如来像は観音寺に移され、琴彈八幡宮と神恵院に分離し、それぞれ独立して神恵院は観音寺と同居の形となった。
神恵院は観音寺よりも一段高い所に位置する。境内はこじんまりとしたもので、本堂と大師堂、経堂が2つと、閑静な札所である。 |
本堂 |
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▲観音寺境内にある石段を登る |
観音寺の境内を横切ると神恵院に続く石段へたどり着く。現在、49段ある石段は急勾配であるが、本堂と大師堂の改修に合わせて20mほど南へスライドする予定である。よって、傾斜は緩やかになり、今よりも登りやすくなるとか。2001年夏に竣工予定。
弘法大師が描いた阿弥陀如来像は、上方に来迎阿弥陀三尊(らいごうあみださんぞん)、下方に釈迦三尊が描かれており、鎌倉末期の作と伝えられている。 |
大師堂 |
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| 大師堂は本堂の右手に静かにたたずみ、その屋根には小さい仏像が乗っている。周辺には西国三十三カ所の三十三観音が祀られ、地域の人達の信心深さが伺える。 |

▲小さいながらも、寺院の境内の様式を構える |

▲国の重要文化財に指定されている釈迦涅槃像 |
ここが見所 |
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宝物館
観音寺境内に位置し、釈迦涅槃像(しゃかねはんぞう)をはじめ琴彈八幡本地仏像図(ことひきはちまんほんちぶつぞうず)、琴彈宮絵縁起図(ことひきぐうええんきず)など、国の重要文化財に指定された寺宝を数多く安置。釈迦涅槃像は、釈迦の臨終横臥の姿を掘ったもの。仏涅槃図は多く知られているが、彫刻されたものは日本では数少なく、珍しい。桧材の寄木白木造りで全長74cm、柔和で優麗な姿から藤原時代の作と推測されている。沙羅双樹の下で頭を北に向けて右脇を下にし、両足を重ね揃えて身を横たえ、大涅槃に入った釈迦入滅の劇的な一瞬を小さな像に巧みに表現している。琴彈宮絵縁起図は、日証上人が琴彈八幡宮を造った由来を描いた大和絵。鎌倉中期の作品と言われている。
これらの寺宝は普段、目にすることはできない。この寺の縁日である1月と8月の16日のみ、宝物館の扉が開かれる。 |

▲琴弾宮絵縁起図 |

▲観音寺境内にある宝物館 |
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