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御詠歌/植え置きし小松尾寺を眺むれば法の教えの風ぞ吹きぬる
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言宗善通寺派
開 基/弘法大師
大興寺までのアクセス |
大野原インターチェンジから高松市内向きに国道11号線・県道240号線・国道377号線を経由して、観音寺市から山本町へ入る。大興寺の看板を左折して直進、右手に見えてくる。約30分。
香川県山本町辻小松尾4209
0875・63・2341
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、40台、石段すぐ横・境内まで徒歩約3分)
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歴史・全体像 |
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まわりはのどかな田園風景が広がり、地元では「小松尾さん」と呼ばれ、親しまれている大興寺。寺の前を流れる香川用水の分水川にかかった小さな橋を渡って仁王門をくぐる。
この寺は弘仁13年(822)、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が熊野三所権現鎮護の霊場として開いたのが始まりとされている。薬師如来を刻んで本尊として安置し、堂宇を建立したという。その後、修行道場として栄え、その最盛期には真言宗24坊、天台宗12坊が境内に並んでいた。現在は真言宗であるが、かつては二大宗派の修験者達が大興寺で修行していたという、とても珍しい寺である。今でも正面に本堂、その左右に大師堂と天台大師堂が並んでいる。
大興寺の歴史は古く、境内から奈良時代の十四葉素弁(じゅうしようそべん)の蓮花文軒瓦(れんかぶんけんがわら)が出土している。他に薬師如来座像、天台大師座像、金剛力士像、大興寺扁額など、文化財に指定されているものも数多い。しかし、御堂の方は天正の兵火で焼失してしまい、慶長年間(1596〜1615)に再建されたものが現在にいたっている。また、境内には寺領の菩提山に自生していた三鈷の松(松葉が3つに分かれている松)が移植され、その落葉を持っているとご利益があるとか。
この寺は親切な接待で、お遍路さんから喜ばれている。中でも4月第3日曜に催される「うどん接待」が大好評。1日で約800食も作られるそうだ。ダシは瀬戸内のイリコを使い、具はおあげとからし菜の仲間である百菜という生野菜のみ。百菜は生のままだと匂いもアクも強くて、とても食べられないものだが、この時だけは不思議と独特の旨みを醸し出すのだとか。麺も打ち上げてから長時間経過しているのに、いつまでも強いコシを保っているという。もしかしたら、これも仏のご利益かもしれない。田舎の素朴なおいしさも味わえる、ありがたい一杯である。 |
本堂 |
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本尊の薬師如来座像は桧材一木式の座像で、弘法大師の一刀三礼の作と伝えられる秘仏。像高89cmで、尊厳と慈悲に満ちた顔をしており、県の文化財に指定されている。
また、本堂には何本もの赤いロウソクの火がゆらめいている。これは「七日燈明」と呼ばれる秘法で、赤い大ロウソクに願い事を書いて奉納すると、7日間ロウソクを灯して祈願してくれるというものだ。参拝できない遠方の信者にも好評である。 |
大師堂 |
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| 本堂の左手にあるのが大師堂。かつて、東大寺の末寺に属し、台密二教の道場として栄え、天台大師堂と共にかつての修行道場の面影を残す。 |

▲本堂を挟んで左右対称に大師堂が並ぶ |

▲赤いロウソクに願をかけて燃やす「七日燈明」 |
ここが見所 |
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仁王門
仁王門の金剛力士像は、彩色を施した桧材の寄木造りで鎌倉時代の作とされ、作者は運慶と寺伝にはあるが、頭の部分だけは江戸時代に替えられたものと言われている。像高は31.4mあり、腰から下の量感あふれる線は力強く、鎌倉時代特有の動きがよく出ている。その迫力は見る者を圧倒するものがあり、県の文化財に指定されている。 |
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ここが見所 |
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天台大師堂
本堂の右手にあるのが中国の天台宗第三祖天台大師ちぎを祀る天台大師堂である。中に納められている大師座像は、彩色を施した桧材の寄木造りで鎌倉時代の作。頭に頭巾を抱き、納衣の上に袈裟をかけ、両手は腹の前で禅定印を結んでいる。天台大師の古い像は全国でも少なく、県の文化財に指定されている。 |
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