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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第六十六番札所 雲辺寺
御詠歌/はるばると雲のほとりの寺に来て月日を今は麓にぞ見る
本 尊/千手観音
真 言/おん ばざら たらま きりく
宗 派/真言宗御室派
開 基/弘法大師

雲辺寺までのアクセス
大野原インターチェンジから高松市内向きに国道11号線・県道8号線へ。ロープウェイの看板に沿って山道を走れば、雲辺寺ロープウェイに到着。車で約15分。

徳島県池田町白地763-2
0883・74・1707

宿 坊/なし  駐車場/あり(無料、500台、ロープウェイ乗り場・ 山頂駅から本堂まで歩いて約5分、仁王門まで約15分)
第六十六番札所 雲辺寺
▲山頂にこんなに広い境内があるとは驚き

お寺の場所を地図で見る近辺の宿泊施設一覧

「涅槃の道場」は雲上にそびえる霊山から始まる
歴史・全体像
 標高927m、香川県と徳島県の県境をまたぐ四国山脈に位置する雲辺寺は、札所の中で最も高い場所にある。別名「四国高野」と呼ばれ、「へんろころがし」と呼ばれる急勾配な坂道は、登りに2時間はかかる最大の難所とされてきた。しかし、今ではロープウェイで7分ほど。雲の中を通り抜けながら、難無く山頂駅へたどり着けるようになった。
 この険しい山中に寺が創建されたのは、延暦8年(789)。弘法大師が16歳の頃、寺の建築材を求めて登山したところ、霊山の趣に引かれて堂宇(どうう)を作ったのが始まり。以後は僧侶達の学問を修める場として栄えた。鎌倉時代には関所の役割も兼ねた大寺院だったという。
 戦国時代には土佐の長宗我部元親が登山し、眼下に広がる讃岐や伊予の平野を望みながら四国併合の野望を抱いた話は有名。元親が自分の野望を当時の住職俊崇坊(しゅんそうぼう)に打ち明けると、「あなたの器は土佐一国の主だ。それが四国の主になろうとは、茶釜の蓋で水桶の蓋をするようなもの。今は兵を引いて土佐へ帰り、領民を愛するが良い」と説法したという。戦いにおいては手段を選ばぬ元親が、この時ばかりは住職の言うことを聞き、雲辺寺も戦禍を免れた。寺を守った住職も傑物と伝えられている。
 現在はロープウェイの開通で参拝者は増加し、山は活気にあふれている。一年を通して下界よりも5〜10度も気温は低く、シーズン遅れの花や紅葉が素晴らしい。特に、5月中頃までのシャクナゲ、10月末までのアジサイは見もの。
本堂
 簡素でがっしりしていて、いかにも山寺という趣。大師は16歳の頃に堂宇を作って修行した。大同2年(807)になると、嵯峨天皇の勅願を奉じて再び登山し、本尊の千手観音を刻んで安置。仏舎利(ぶっしゃり)と毘廬遮那法印(びるしゃなほういん)を山中に納めて開基したと伝えられている。 
 千手観音は現在、重要文化財に指定されている。
大師堂
 山頂駅を歩いて5分ほどのところにある石段を登ると、大師堂へとたどり着く。雲辺寺の参拝順路はまず、ここから始まる。大師像は大師堂奥にある拝殿に安置され、目にすることはできない。
▲様々な表情を浮かべる五百羅漢像
ここが見所
五百羅漢像
 弘法大師が入唐の際、初めて土を踏んだ赤岸鎮福建省(せきがんちんふっけんしょう)の五百羅漢院の羅漢像を模して刻んだもの。山頂駅から境内にいたるあちこちに安置されている。羅漢とは、釈迦の弟子となって悟りを開き、庶民の立場で因縁をといた聖者のこと。喜怒哀楽に満ちた様々な表情が並んでいる。

▲ロープウェイ乗り場からの見晴らし
ここが見所
おたのみなす
 本堂の脇にある、ブロンズ製のなすの形をした腰掛け。「親の教えとナスビの花は千に一つの無駄もない」の諺にもあるように、なすの花は一つの無駄もなく実るもの。また、「なす」と「成す」をかけて、努力が認められて願いが叶えられると言われている。だから、これに座って「お頼みなす」と願を掛ければ、いつか叶う日がくるかも。

▲一茶を感嘆せしめた桜花

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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