聖武天皇は天平年間(729〜749)に大己貴尊のご神託を受けて、諸国に一の宮を建立した。宝寿寺は、伊予国一の宮のご法楽所として建立された寺。当初は金剛宝寺と称していた。大同年間(806〜810)には弘法大師が来錫。光明皇后を型どった十一面観世音菩薩を刻んで本尊とし、四国霊場六十二番札所に定められた。しかし、当時は山手川・中山川の近くにあったため、幾度となく河川の氾濫に遭い、破損・再建を繰り返す。天養年間(1144〜1145)には大修理が施されたが、山号の天養山はこれにちなんだもの。伊予水軍の大山祗神社の別当寺となった歴史もある。だが、天正13年(1585)には兵火により堂宇は焼失。以後は荒廃の一途をたどる。寛永13年(1636)には宥伝上人により再建されたが、明治の神仏分離令による廃仏毀釈で廃寺に。だが、明治10年に再建され、大正10年に予讃線開通にともなって現在地に移された。JRいよ小松駅近く、国道11号線沿いという賑わいの場所にあるが、境内にはしっとりとした日本庭園もあり風情満点。
なお、弘法大師が刻まれた十一面観音は秘仏のため拝観はできない。 |

▲堂宇はいずれも美しいたたずまい

▲日本庭園が心を和ませる |