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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第六十二番札所 宝寿寺
御詠歌/さみだれのあとにいでたる玉の井はしらつぼなるや一の宮かは
本 尊/十一面観世音菩薩
真 言/おん まか きゃろにきゃ そわか
宗 派/高野山真言宗
開 基/聖武天皇

宝寿寺までのアクセス
いよ小松インターチェンジから、国道11号線を西条市方面へ。小松町役場を越えると左手にある。約10分。

愛媛県小松町新屋敷甲428
0898・72・2210

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、5台、方丈横・境内まで徒歩約2分)
第六十二番札所 宝寿寺
▲「一国一宮別当宝寿寺」の石碑が目をひく

お寺の場所を地図で見る近辺の宿泊施設一覧

賑わいの場所に佇む寺には、しっとりとした庭園が
歴史・全体像
 聖武天皇は天平年間(729〜749)に大己貴尊のご神託を受けて、諸国に一の宮を建立した。宝寿寺は、伊予国一の宮のご法楽所として建立された寺。当初は金剛宝寺と称していた。大同年間(806〜810)には弘法大師が来錫。光明皇后を型どった十一面観世音菩薩を刻んで本尊とし、四国霊場六十二番札所に定められた。しかし、当時は山手川・中山川の近くにあったため、幾度となく河川の氾濫に遭い、破損・再建を繰り返す。天養年間(1144〜1145)には大修理が施されたが、山号の天養山はこれにちなんだもの。伊予水軍の大山祗神社の別当寺となった歴史もある。だが、天正13年(1585)には兵火により堂宇は焼失。以後は荒廃の一途をたどる。寛永13年(1636)には宥伝上人により再建されたが、明治の神仏分離令による廃仏毀釈で廃寺に。だが、明治10年に再建され、大正10年に予讃線開通にともなって現在地に移された。JRいよ小松駅近く、国道11号線沿いという賑わいの場所にあるが、境内にはしっとりとした日本庭園もあり風情満点。
 なお、弘法大師が刻まれた十一面観音は秘仏のため拝観はできない。

▲堂宇はいずれも美しいたたずまい


▲日本庭園が心を和ませる
本堂・大師堂
 門前には「一国一宮別当宝寿寺」の石碑が。境内には僧・真念が建てた道標も残されている。正面が本堂、右手前が大師堂。本堂にはなだらかな板橋が架かっている。
▲大師堂はチシャの木の下に

▲壮麗な本堂
ここが見所
安産観音像
 弘法大師が留錫中、国司越智公夫人が難産で苦しんでいた。大師が境内の玉の井の霊水で加持されたところ、見事に玉のような男児が誕生。以来、安産の観音札所としての信仰を集めている。観音像の周りにはムラサキ科の落葉高木チシャノキが植えられている。これは町の天然記念物。

▲安産祈願に多く訪れる安産観音
ここが見所
一宮稲荷
 明治10年、四国遍路の行者・大右竜遍上人が寺の再興にあたり、京都の伏見稲荷、岡山の最上稲荷、愛知の豊川稲荷の3神を護法神として迎え、寺門の興隆、諸人の護世安楽を祈願して建立。以来信仰を集めている。

▲一宮稲荷にも忘れずに参拝を

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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