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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第五十九番札所 国分寺
御詠歌/しゅごのためたててあがむる国分寺いよいよめぐむ薬師なりけり
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言律宗
開 基/行基

国分寺までのアクセス
今治インターチェンジから、国道196号線を東予市を目指して走る。喜田村交差点の次の信号で左折後、直進。上徳駐在所のところを右折、約1km走ると左手にある。約15分。

愛媛県今治市国分4-1-33
0898・48・0533

宿 坊/なし 駐車場/あり(200円、15台、門前・境内まで徒歩約3分)
第五十九番札所 国分寺
▲広々とした境内にたたずむ本堂

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寺の近くには創建当時の跡が残る伊予の国分寺
歴史・全体像
 風光明媚な唐子浜にほど近い、唐子山の麓にたたずむ寺。広々とした境内には正面奥に本堂、右手に大師堂、左手に金比羅堂がある。国分寺は聖武天皇の勅願により、全国に建立された寺。四国にも各県に1ヶ寺ずつあり、いずれも四国霊場となっている。伊予の国分寺は天平13年(741)に行基が開基。当時は、七堂伽藍を備えた豪壮な大寺院だった。弘法大師は、第三世住職智法立師の時代に来錫。長く留まって五大尊の絵像一幅を残した。また大師十大弟子の1人で、かつて高岳親王であった真如も2年ほど滞在した。天慶2年(939)には藤原純友の乱で堂宇は焼失。国主の援助で復興したが、元暦元年(1184)の源平合戦で再び焼失する。この時も再興したが、貞治3年(1364)には讃岐の細川右馬頭頼之が侵入して、三たび寺は焼かれた。さらに天正12年(1584)、長宗我部元親と伊予国守河野通直の戦の兵火で、3度復興した堂宇は焼けてしまった。何度も焼失、復興を繰り返した寺だが、この時は支援者である河野氏が敗れてしまったため復興は叶わず、茅葺きの小堂が寂しく立つのみだったという。現在の本堂は、寛政元年(1789)に43代住職の恵光上人が金堂として建立した。
 なお、創建当時の寺は現在の場所から東に100mほどのところにあったという。この旧国分寺跡と見られる場所は国指定の史跡になっており、花崗岩の13個の礎石が見つかっている。
 この寺の後は六十番横峰寺へと続くが、地理的には六十一番から六十三番を打ち終えて、六十番に回るのがよい。

▲握手をしてお願いを祈願する握手修行大師の像


▲愛嬌たっぷりな七福神の石像も
本堂・大師堂
 石門を入って正面が本堂。広々とした境内には大師堂、毘沙門天、書院などが並んでいる。書院には奈良時代から平安時代初期にかけての寺宝や文化財、旧国分寺からの出土品を保存している。中でも県指定の文化財で、寺宝の国分寺文書3巻は南北朝時代のものとされている。また弘法大師像、大般若経なども興味深い。

▲錫杖

▲本堂前にはお百度石もある

▲カラフルな幟が目につく大師堂
ここが見所
十大名椿「唐椿」
 境内には伊予十大名椿の唐椿が植林されている。開花時期には艶やかな花姿で、遍路の心を和ませてくれる。菊にも似た大輪の花は、一見の価値あり。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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