| 「おされさん」の愛称で親しまれる仙遊寺は、天智天皇(662〜672)の勅願により国守・越智守興公が堂宇を建立した。海抜約300mの作礼山の山上にあるこの寺の本尊は千手観世音菩薩で、これは海から上がった竜女が彫り上げたもの。竜女は海から竜登川を伝って作礼山にやってきたが、一刀刻むごとに三度礼拝していたため、完成までには幾日も要したという。作礼山の名は、このエピソードに由来している。竜女は観音像ができあがると、竜登川を伝って再び海へと帰って行った。その後旧暦7月9日になると、決まったように竜燈が竜登川を登って作礼山にやってきて、仙遊寺の桜の木にかかっていたという。この木は明治までは残っていたが、今は「竜燈桜碑」の石碑を残すのみとなっている。養老2年(718)までの40年間は、阿坊(あぼう)仙人という僧がここで読経三昧の日々を送り、諸堂を整えた。しかし仙人は、雲と遊ぶかのように、ある日忽然と姿を消したという。仙人の話は人々の口から口へと伝えられ、いつの間にか寺の名は仙遊寺になった。平安時代には弘法大師が巡錫、荒廃した寺を再興して寺運を盛り上げた。明治時代には宥蓮(ゆうれん)上人という高僧がこの寺の山主となり、その法力で人々の信仰を集める。だが、上人は衆生済度の思いをこの世に残すべく、生きながら土中に埋まって入定した。境内にはこの宥蓮上人を供養する五輪塔が建立されている。寺に登る車道は有料。料金は納経所で支払う。歩き遍路は旧道沿い(無料)に登って行く。 |

▲睨みをきかせる金剛力士像

▲阿坊仙人の読経が聞こえてきそう |