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御詠歌/この世には弓矢を守る八幡なりらいせは人をすくうみだぶつ 本 尊/阿弥陀如来
真 言/おん あみりた ていせい からうん
宗 派/高野山真言宗
開 基/弘法大師
栄福寺までのアクセス |
今治インターチェンジから、国道196号線・317号線を玉川町方面へ向かい、県道155号線へ左折。蒼社川を越え、右折後、約1km先を左折。直進すると左手に。約10分。
愛媛県玉川町大字八幡甲200
0898・55・2432
宿 坊/なし 駐車場/あり(100円、10台、鐘前・境内まで徒歩約1分) |
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▲ひっそりとした境内のたたずまい

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歴史・全体像 |
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豊かな緑に囲まれた山麓で、木々に抱かれたようなたたずまいを見せる栄福寺。開基は弘法大師で、嵯峨天皇の勅願によって弘仁年間(810〜824)に開かれた。瀬戸内地方を巡錫していた際に、周辺の海で海難事故が相次いでいることを知った大師は、府頭山の山頂で海神供養の護摩供を厳修。その満願の日に、海の中から阿弥陀如来が出現した。そこで大師は、この阿弥陀如来を本尊として堂宇を創建したという。貞観元年(859)には、大安寺の行教上人が来錫。当時上人は、宇佐八幡宮のご分身を山城の男山に創建するために、ひんぱんに内海を往来していた。その途中、暴風雨に遭遇しこの地に漂着。府頭山が男山に似ていることに気付き、また阿弥陀如来が八幡大菩薩の本地仏であることにも縁を感じて、山頂に上って祈願したところ、本尊から夢でお告げをされた。そこで、境内に社殿を建立。神仏混合の石清水八幡宮を創建した。その後、明治初年の神仏分離令によって寺は現在地に移転、現大師堂は、山頂にあった建物を移築したものである。
この寺には寛政12年(1800)のお遍路さんの納経帳が残っており、四国遍路の歴史をひもとく上で貴重な資料として注目されている。また、もともと弘法大師が海神供養の護摩供をなさったことから、海陸安全、福寿増長に信仰を集めている。 |
本堂 |
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| 参道の正面には石清水八幡宮があり、本堂は八幡宮への参道を背にした場所に立っている。古社の趣いっぱいの本堂の回廊には、霊験によって難病が平癒した少年遍路が奉納した松葉杖、箱車、コルセットなどが置かれている。少年は昭和8年、この寺を訪れた際に不注意で転んでしまった。体をしたたかに打ちつけてしまったのだが、なぜかそのお陰でそれまで立たなかった足腰がすっかり治り、箱車を奉納して遍路を続けたという。この話にあやかってか、薬師堂で線香の灰をもらい、病気平癒の祈願をする人も多い。 |

▲古社の趣が漂う本堂 |
大師堂 |
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本堂と回廊で結ばれた大師堂は、以前は山頂にあった建物の唯一の名残のお堂。
この建物の外周りに施された、12支の干支の彫刻は一見の価値あり。正面には玉をくわえた龍が、睨みつけるようにこちらを見ており、側面には虎などが彫られている。羊だけ姿が見えないが、実は隠し彫りされているらしい。 |

▲龍の彫刻が見事な大師堂 |

▲簡素なたたずまいの薬師堂 |
ここが見所 |
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お願い地蔵尊
境内の片隅に立つお願い地蔵尊は、ふっくらと可愛い顔をしたお地蔵様。 |

▲自分の干支を探してみよう |
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