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御詠歌/たいさんへのぼれば汗のいでけれどのちの世おもへばなんの苦もなし
本 尊/十一面観世音菩薩
真 言/おん まか きゃろにきゃ そわか
宗 派/真言宗智山派
開 基/真野長者
太山寺までのアクセス |
松山インターチェンジから、松山市街を目指す方向で国道33号線・南環状線・国道196号線と走り、内宮交差点で左折。そのまま直進。約35分。
愛媛県松山市太山寺町1730
089・978・0329
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、50台、中門横・境内まで徒歩約2分)
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▲新品のタワシでこすると痔が治ると信じられている

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歴史・全体像 |
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平安後期から歴代の天皇の帰依を集めたといわれる太山寺の創建者は、豊後国の真野長者。用明2年(586)、長者が大阪に向かう途中の高浜沖で風雨に襲われた時、観音菩薩に祈って海難を逃れた。長者はその御礼として自国で木組みした建材を運び、一夜で寺を建立したと伝えられている。天平11年(739)には、聖武天皇の勅願により行基が十一面観音を刻んで本尊として安置した。孝謙天皇の時代(749〜758)には66坊が建ち、七堂伽藍を持つ立派な寺となったという。次いで、弘法大師が巡錫されたのは天長年間(824〜833)のこと。しかし後に寺は荒廃の憂き目に。そこで嘉元3年(1305)、領主河野家によって再建された。現在の本堂はその時代のものだ。
太山寺は、参道の風情の美しさにも定評がある。樹木に覆われた参道沿いには、かつての遍路宿が昔の面影を残している。山門から200mほど進むと右手が納経所、左手には眼病平癒の信仰を集める一畑薬師堂(いちばたやくしどう)がある。ここでは「め」または「目」の字を自分の年の数だけ書いて供え、薬師如来の真言を唱える。また、境内左手にある仏足石は、苦しみや悲しみを解きほぐし、転禍私至福、諸願成就するとか。一風変わっているのは、大師堂そばに残る三重塔の礎石の1つ。この石を新しい亀の子たわしで洗うと、痔の痛みが和らぎ完治するという話も。
このほかにもハイキングコースにもなっている奥の院、立礼式の茶室・光津庵、子宝祈願の信仰を集める子授け観音なども訪ねてみたい。参道や境内に点在する句碑を鑑賞するのも一興だ。山門そばのひきさき地蔵は、昔太山寺の茶屋にいた美しい娘の魂をなぐさめるために建立されたもの。力自慢の2人の求婚者が互いに譲らず、娘を引っ張り合った末、死なせてしまった…という伝説が残されている。 |

▲山門の偉容は一見の価値あり

▲大師堂も立派 |
本堂 |
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| 仁王門は三間一戸の八脚門。金剛力士像を安置した国の重要文化財だ。又、本堂は嘉元3年(1305)に建てられた国宝。須弥段に安置されている十一面観音像は国の重要文化財。四国霊場の中では二番目に古いといわれる本堂だ。本堂の左手奥にある真野長者堂は、太山寺の創建者とされる真野長者をおまつりしていて、毎年3月18日は供養の祭りが行われている。 |

▲国宝に指定されている本堂 |
ここが見所 |
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▲力比べに使われた亀の石 |
亀の石
昔の人が力比べに使った石の1つ。大中小の石があるというが、現在残っているのは「中」の石。村祭りの時に若者はこの石を運んで力自慢をしたという。 |
ここが見所 |
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聖徳太子堂
かつて伊予の国に来られた聖徳太子は、この寺と縁を結ばれた。境内の一角にある聖徳太子堂・夢殿には、法隆寺の夢殿にあるのと同じ聖徳太子像がおまつりされており、太子の聡明さにあやかろうという人のお参りがひきもきらない。特に1月15日の太子祭には、県内外から大勢の人が「おしゃもじ」を持って訪れ、幸せを「すくい上げて頂く」という。 |

▲受験祈願にも人気の聖徳太子堂 |
ここが見所 |
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鐘楼堂の地獄絵
江戸時代の明暦元年(1655)に再建された鐘楼堂は、裃腰と呼ばれる曲線が美しい建物。中には永徳3年(1383)の銘のある梵鐘が鎮座している。また、壁面いっぱいに描かれた地獄絵・極楽絵は圧巻。ことに地獄絵は、本当に怖がってしまう子どもも少なくない。 |
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