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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第四十九番札所 浄土寺
御詠歌/十悪のわがみをすてずそのままにじょうどの寺へまいりこそすれ
本 尊/釈迦如来
真 言/のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
宗 派/真言宗豊山派
開 基/恵明上人

浄土寺までのアクセス
松山インターチェンジから国道33号線を松山市街へ。天山交差点を右折し、環状線に入る。枝松交差点を右折し県道40号線を川内方面へ。約3km走り、左折すると正面に。約40分。

愛媛県松山市鷹子町1198
089・975・1730

宿 坊/なし 駐車場/あり(200円、13台、茶堂前・境内まで徒歩約1分)
第四十九番札所 浄土寺
▲境内にある七福神の石造は愛嬌たっぷり

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空也上人ゆかりの寺重文の本堂は唐様式の風格あり
歴史・全体像
 小高い山を背にした浄土寺は、天平勝宝年間(749〜757)に孝謙天皇の勅願で、恵明上人が行基作の釈★如来をまつって創建したと伝えられている。最盛期には66坊もの末寺を持つ大寺院だったというが、後に弘法大師が訪れたときには荒廃。大師により伽藍が、また鎌倉時代には源頼朝が再興したが、応永4年(1397)には兵火によって堂宇を焼失。またも寺運は衰退した。だが、文明14年(1482)に伊予の豪族・河野通宣が再建。現在の本堂はこの時に創建されたものだ。慶安2年(1649)の大修理などを経て、今日に至っている。
 また、浄土寺には平安中期に市聖(いちひじり)・空也上人が3年間滞在したといわれており、近くには彼が修行をした「空也谷」がある。さらに境内には、「空也松」と呼ばれる松の木の根株も残っている。空也上人は念仏踊りの開基で、南無阿弥陀仏の念仏を世に広めた人物。空也はこの地を去る時に、村民の願いを受けて自身の像を刻んだ。この像は重要文化財に指定されており、今も寺に残されているという。
本堂

▲山を借景にした本堂の姿
 簡素ながらも堂々とした風格をたたえた本堂は、文明14年(1482)に創建されたもの。本瓦葺き、寄棟造りで、重要文化財にも指定されているが、和様と唐様が折衷した室町時代の代表的な建物として興味深い。本堂の内陣にある一間厨子も再建時そのままの貴重な建造物。本堂・厨子ともに昭和36年に解体・修理が行われた。
大師堂
 本堂に向かって右手には、大師堂と鐘楼がある。千社札や幟旗、わらじなど様々な奉納物が飾られた大師堂は、親しみやすい雰囲気。左手には阿弥陀堂、観音堂がある。
▲境内の堂宇も趣いっぱい

▲様々な奉納品で飾られた大師堂
ここが見所

▲古色蒼然とした仁王門のたたずまい


▲目を失った阿形像
仁王門
 仁王門は大正11年(1922)に建立されたもの。右側に立つ金剛力士・阿形像には目玉がなくて、思わずビックリ。この目玉が失われている理由については「心ない人が盗んだ」とも言われている。
重要文化財の空也上人像
 空也上人像は、上人がこの地を去る時に村人が「お姿だけでも…」と懇願したため、自らが彫ったもの。像高1・33mで、胸に金鼓をかけ、右手には撞木、左手には鹿杖を握っている。この上人像の口からは針金が出ていて、そこには6体の小さな仏像が。これは、上人が唱えた「南無阿弥陀仏」の6文字の念仏が仏の姿になったことを意味しているとか。空也上人像が安置されているのは国内に2体だけ。このほかには京都の西国六波羅密寺にある。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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