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癒しのくに四国
御詠歌/ごくらくのじょうるり世界たくらえばうくる苦楽はむくいならまし
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言宗豊山派
開 基/行基
浄瑠璃寺までのアクセス
松山インターチェンジから、国道33号線を砥部方面へ。重信大橋を超えた最初の交差点で左折。県道23号線を走りバス停広瀬を右折。久谷方面を目指し走ると右手にある。約25分
愛媛県松山市浄瑠璃町282
089・963・0279
宿 坊/なし
駐車場/あり(無料、8台、門前・境内まで徒歩約2分)
▲説法石に腰掛けてみよう
歴史・全体像
海抜710mの三坂峠は、古くより馬子泣かせといわれる交通の難所。順打ちの歩き遍路なら、この峠の途中にある塩ヶ森より旧へんろ道を下っていくと浄瑠璃寺へ。この道はかなり狭いので、車は砥部町を経由した方が無難だ。開基の行基は和銅元年(708)、奈良の大仏開眼に先立って仏教布宣のために伊予へ。そして、この地が仏教流布の最適地であると確信し、自ら本尊の薬師如来、脇仏の日光・月光菩薩像、十二神将像を刻んだ。寺号は薬師如来のいる場所が瑠璃光浄土ということ、薬師如来の別名が瑠璃光如来ということに由来する。さらに大同2年(807)には、弘法大師も巡錫し、堂宇を創建。四国霊場の第四十六番札所と定められた。だが、戦国時代に入ると、この寺は荒廃・中興を繰り返すことに。江戸時代には、山火事が原因となって本尊、脇仏を除くほとんどの寺宝、伽藍を焼失してしまう。だが、焼失後80年ほど経った時、地元の庄屋出身の僧・尭音(ぎょうおん)が寺の復興に力を尽くした。
数々の御利益があると信仰を集める浄瑠璃寺は、親しみを込めて「御利益のよろず屋」と呼ばれることも。例えば、藤棚のそばにある一願弁天は、ただ1つの願いを叶えてくれる芸術の守護神。知恵、財宝、音楽に関する願いには、特に霊験あらたかと伝わっている。また、かつて仏がいた霊鷲山の石を埋め込んだ説法石は、腰掛けることができる。
一帯は遍路の元祖といわれる衛門三郎の故郷。境内には「永き日や 衛門三郎 浄瑠璃寺」という正岡子規の句碑がある。
本堂・大師堂
▲美しいたたずまいの本堂
▲風情のある大師堂
現在の本堂は、天明5年(1785)に再建されたもの。その向かって右手には、古色蒼然とした大師堂がたたずむ。本堂の前には、宝珠を手に、カラフルなよだれかけを着けたさすり仏様もある。
ここが見所
▲ 弘法大師が植えられたイブキビャクシン
イブキビャクシン
境内には、樹齢約1000年のイブキビャクシンの大木がそびえている。これは弘法大師が加持したものといわれており、松山市の天然記念物にも指定されている。いつの時代も延命、豊作を願う人々の信仰を集めている。
ここが見所
仏足石・仏手石・仏手指紋(仏の花判)
「御利益のよろず屋」に相応しく、境内には仏足石・仏手石・仏手指紋もある。まず本堂の左手前にある仏足石は、仏の足跡で健脚・交通安全を願う人が訪れる。裸足になってこの上に立ち、御利益を祈願する。また、あらゆる知恵や技能に御利益があると伝わる仏手石、心身堅固と文筆達成に霊験あらたかと言われる仏手指紋もぜひお参りしたい。なお、この寺では仏足、仏手、仏手指紋を型どったオリジナルのお守りも用意している。
▲仏手石を撫でれば器用になれるとか
▲ 仏足石には裸足になって立ってみよう
▲これが仏様の指紋
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