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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第四十五番札所 岩屋寺
御詠歌/だいしょうのいのる力のげにいわや石の中にもごくらくぞある
本 尊/不動明王
真 言/のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ
    まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
宗 派/真言宗豊山派
開 基/弘法大師

岩屋寺までのアクセス
松山インターチェンジから、国道33号線を久万方面へ。久万中学校前で左折、県道12号線を走り、国民宿舎古岩屋荘を約3km過ぎた右手にある。約1時間20分。

愛媛県美川村大字七鳥1468
0892・57・0417

宿 坊/あり(休業中) 駐車場/あり(200円、100台、山門前・境内まで徒歩約30分)
第四十五番札所 岩屋寺
▲古色蒼然とした山門。まだまだ登り道は続く

お寺の場所を地図で見る近辺の宿泊施設一覧

空飛ぶ仙人が住んだ幻想的な霊山は心引き締まる道場
歴史・全体像
 駐車場に車を停めて、売店が並ぶ坂道を上っていくと山門へ。ここまででもかなり疲れるが、本堂まではさらに266段の石段を上らなければならない。細く急な参道は杉木立に覆われており、そこかしこには地蔵や苔むした墓標が並んでいる。ようやくたどり着いた本堂は、垂直の礫岩峰に抱かれるようにたたずんでいる。もともとこの地は、法華仙人が修行をしていた場所。弘仁6年(815)に、弘法大師が修行の霊地を探して入山。明王鈴の音を頼りに岩山に上ったところ、法華仙人に出会った。弘法大師に深く帰依した仙人は、山を弘法大師に献上して往生を遂げる。大師は木と石の不動明王を刻み、木像は本尊として本堂に安置して開創。石像は山に封じ込め、山そのものを御本尊とした。寺の左右にある礫岩峰は、全部で50余り。いずれも数千万年前には海底にあったものだが、それらが断層運動によって隆起、浸蝕されて異様な山容をつくり出したという。寺の左右にある礫岩峰は、左の鐘楼門に面したところが胎蔵界峯(たいぞうかいほう)、右が金剛界峯(こんごうかいほう)と呼ばれている。金剛界峯には、法華仙人の行場の跡と舎利塔が残っている。明治31年(1898)には、火災で仁王門、虚空蔵堂を残して堂舎などは焼失。現在の本堂は昭和2年に、大師堂は大正9年(1920)に、山門は昭和9年に、鐘楼は昭和27年に建立された。
▲登り口は両脇に店が並び、縁日のよう


▲苔むした墓標や地蔵は、力つきたお遍路さんを弔うためか


▲願いを叶えてくれる「かなえる不動」
本堂・大師堂

▲本堂を神秘的な空気が包む


▲大師堂の背後にも険しい崖が見える
 岩山に圧倒されるようにたたずむ本堂だが、実際には岩が本堂を守るように立っていることに気付く。この本堂がある境内からの眺めは、実に幻想的。大師は「山高き谷の朝霧海に似て 松吹く風を波にたとえむ」と詠んだというが、まさにその境地に迫ることができる。この歌は海岸山という山号の由来となった。大師堂は本堂から少し離れた場所に。この大師堂は本堂より大きく、また高い位置にある。これは本尊の1つである石像が山に封じこめられているため。山全体を本尊とするこの寺ならではのことだ。
ここが見所
弘法大師の穴禅定
 岩峰には弘法大師の名残が数多く見受けられる。その1つの穴禅定と呼ばれる洞窟には、弘法大師自らが掘られたという「独鈷(とっこ)の霊水」と呼ばれる湧き水が。入口から約20mの所で、こんこんと湧き出る霊水は実に神秘的だ。
逼割禅定(せりわりぜんじょう)
 大師堂奥の細く狭い山道を300m上ると、かつての弘法大師の修行の場・逼割禅定の入口。大きな岩の裂け目には木製の扉があり、普段は鍵が掛かっている。そのため逼割禅定に行く人は、あらかじめ寺務所で鍵を借りる。ここから落ちて命を失った遍路もいるというので、足元にはくれぐれもご注意を。そそり立つ岩の裂け目をくぐり、鎖を頼りに約10mほど岩山を上り、さらに21段のはしごを上がれば、岩の頂上にまつられた白山権現にようやくたどり着く。危険をともなうが、それだけに頂上からの絶景は心に残るはず。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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