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癒しのくに四国
御詠歌/しんがんやじざいの春に花さきてうき世のがれてすむやけだもの
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/真言宗大覚寺派
開 基/弘法大師
観自在寺までのアクセス
JR宇和島駅から国道56号線を高知県室戸市方面へ。御荘町のホテルサンパールを過ぎ、2つ目の信号を左へ。約50分。大洲インターチェンジからは約2時間。
愛媛県御荘町平城2253-1
0895・72・0416
宿 坊/あり(平成15年2月まで休) 駐車場/あり(無料、20台、仁王門横・境内まで徒歩約3分)
▲本堂入口の門柱には「大師値遇」「随縁往来」の文字が
歴史・全体像
観自在寺は51代平城天皇の勅願所として、大同2年(807)4月に弘法大師が開いた寺。本尊の薬師如来と脇仏の阿弥陀如来、十一面観世音菩薩の3体の尊像は、弘法大師自身が1本の霊木から自作したと伝えられている。そのため天皇家から庶民まで、全国各地の人々の信仰を集めたという歴史を持っていて、当時日本にあった鎮守の1つにも数えられていた。特に平城天皇、嵯峨天皇は親しく行幸され、御朱印を下し、一切経と大般若経を収められたという。そのため周辺は「御荘」と、寺のある地は「平城」と呼ばれるようになった。また、寛永15年(1638)には、京都の空性法(くうしょほう)親王が巡拝され、薬師院の号を受ける。その後は、宇和島藩主伊達宗利の勅願所となった歴史も。現在は、四国霊場の第一番札所霊山寺より一番遠い場所にあることから、「四国霊場の裏関所」と呼ばれている。
また、境内にある心経宝塔(しんぎょうほうとう)は、弘法大師が平城天皇の病気平癒を願って般若心経の祈祷をしたという故事に由来して、全国の信者から寄せられた写経を奉納するために昭和53年に建立された。このほか、寺に伝わる宝物を収納展示した宝聚殿(ほうしゅうでん)八角堂、平成10年に開眼した観自在菩薩像、地元俳句界の草分け的存在である岡村呉天翁が建立した芭蕉の句碑などもある。
本堂
▲四国霊場の裏関所はスケールの大きな寺
昭和34年に不慮の火災により全焼、昭和39年に大師創建当時の姿に復旧した。入り母屋造りの堂々とした建物には、本尊薬師如来、脇仏十一面観世音菩薩、阿弥陀如来が奉安されている。本堂前には「弘法大師御自作の御宝印守を是非お受けください」という立て札が立っているが、これは、弘法大師が御本尊を彫刻された霊木の残りに、病気平癒や厄除諸難消除を願いながら彫られた版木を写し取ったもの。体にこすると様々な御利益が受けられると信仰を集めている。
大師堂
もともとは慶応2年(1866)に建てられたが、昭和39年に修復。さらに平成5年に改築された。弘法大師尊像、脇侍(わきじ)に不動、愛染(あいぜん)明王をまつっているほか、回廊には四国八十八カ所のお砂を敷き詰めており、大師一代の尊像を安置している。
▲本堂と並んでいる大師堂
▲昭和53年に建立された心経宝塔
ここが見所
▲総欅造の山門
総欅造の山門
今から約200年前に建立された総欅造の山門は、威風堂々としたたたずまい。御荘町の文化財にも指定されていて、天井の方位盤は特に有名。仁王像は下久家の大工の作、また現在の額は高野山401世座主の筆によるもの。
▲たくさんの人が参拝する八体仏十二支守り本尊
八体仏十二支守り本尊
昭和53年に四国霊場巡拝者の希望により十二支守り本尊が彫刻されたもの。参拝者はお水をかけて、自分の願いを成就させる。
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