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癒しのくに四国
御詠歌/補陀洛やここは岬の船のさをとるもすつるも法の蹉 山
本 尊/三面千手観世音菩薩
真 言/おん ばざら たらま きりく
宗 派/真言宗豊山派
開 基/弘法大師
金剛福寺までのアクセス
土佐くろしお鉄道中村駅から、足摺岬を目指す方向で国道56号線・国道321号線を走り、土佐清水市以布利で県道27号線に左折。そのまま直進し、右手にある。約1時間45分。
高知県土佐清水市足摺岬214-1
08808・8・0038
宿 坊/あり(要予約) 駐車場/あり(県営駐車場利用、無料、80台、山門前・境内まで徒歩約3分)
▲風格ある門前のたたずまい
歴史・全体像
四国の最南端、弘法大師が修行をしたと伝えられる足摺岬の突端に位置するこの寺は、12万平方メートルの広大な敷地を誇る大寺院。縁起によると弘仁13年(822)、この地で千手観音を感得した弘法大師が、嵯峨天皇より「補陀洛東門(ふだらくとうもん)」の勅願を賜って堂宇を建立した。補陀洛とは、インドの南岸にある観音様の住む山のことで、観音浄土として崇拝されている土地を表す。この寺は、その聖地の入口の東門にあたる場所とされていた。以来、寺は代々天皇家の勅願所となり、平安時代後期には観音霊場として幅広い信仰を集める。また、和泉式部や後深草天皇の女御であった二条の使者がこの寺を訪れ、黒髪を納め、観音様を崇拝したほか、源氏一門の多田満仲が多宝塔を建立したり、源頼光が諸堂を修復したりと源氏一門との関係も深く、寺運は大いに栄えた。室町時代には、京都仁和寺(にんなじ)から下国された尊海法親王が住職を勤められ、最盛期を迎えた。
寺は一条家の庇護を受けて、土佐でも最大級の寺院へと発展。近世には一時荒廃したが、土佐二代藩主・山内忠義が再興。さらに明治の廃仏毀釈の後には、住職である天俊の努力で再興し、現在に至る。本尊の千手観音は秘仏だが、正月、初観音、春祭りなど特定の日に公開される。
前の札所・岩本寺からの距離は約100km。これは札所の中ではおそらく最長。歩き遍路なら約30時間もかかってしまう。山号の「蹉」、「
」も「つまづく」を意味していることからも、その難所ぶりがうかがえる。
▲いろんな願いを叶えてくれるという大師亀
本堂・大師堂
ビラン・アコウなどの亜熱帯植物や椿が生い茂る山門をくぐると、境内にたどり着く。境内には、本堂、大師堂、愛染堂、不動堂、弁天堂、多宝塔、宿坊が建ち並んでいる。それぞれが深い緑に包まれており、何ともいえない趣を醸し出す。
▲本堂の奥にたたずむ大師堂
▲どっしりとした、迫力ある本堂
ここが見所
愛染明王座像・高野大師行状図画
この寺の寺宝である愛染明王座像は、平安後期の作といわれており、県指定の文化財。また、弘法大師の一生を絵巻にした高野大師行状図画・全10巻のうちの5巻もこの寺に。高野山の僧・祐宝が応永22年(1415)に描かせたものといわれている。
▲源氏一門ゆかりの多宝塔
多宝塔
本堂に向かって右手にある不動堂のそばには、多宝塔がある。これは源氏一門の多田満仲が建立したという。多宝塔の後方には、和泉式部が自らの黒髪を埋めて供養した逆修塔がある。逆修塔は、生前に建てる供養塔のことだ。
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