| 清滝寺は、養老7年(723)に行基が薬師如来を刻み開基した寺。当初は景山密院釈本寺と称していた。その後、弘仁年間(810〜824)には弘法大師が巡錫、寺の北方300mの岩に築檀して7日間修法した。大師は五穀豊作を祈って閼伽井権現と龍王を勧請。寺号を医王山清滝寺鏡池院に改めた。この寺は弘法大師の高弟で、平城天皇の第3皇子高岳(たかおか)法親王(法名・真如)ゆかりの寺としても有名。高岳法親王は、藤原薬子の薬子の乱に連座し、皇太子の座を負われて仏門に入った人物。貞観3年(861)、高岳法親王は弘法大師のお告げを受けて来錫。息災増益の密檀を造り、さらに仏理を極めるために入唐を決意したという。そして逆修塔(ぎゃくしゅとう、生きているうちに作る墓)を刻んで、翌年には九州の太宰府より船出して唐に渡った。境内の一角にある「入らずの山」は、高岳法親王の逆修塔のある場所だ。藩政時代には藩主・山内氏の帰依が厚く、寺領100石、七堂伽藍を備えた立派な寺として、寺運は大いに栄えたという。一時は衰退したともいわれるが、現在は厄除け祈願の名刹として知られている。また、境内の御堂に安置されたお地蔵さんは、婦人病の平癒祈願に人気がある。 |

▲高岳法親王塔。高岳法親王が遍路のルーツという説も |