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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第三十三番札所 雪蹊寺
御詠歌/旅の道うえしも今は高福寺 のちのたのしみ有明の月
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/臨済宗妙心寺派
開 基/弘法大師

雪蹊寺までのアクセス
高知インターチェンジからはりまや橋方面へ向かう。県道34号線から瀬戸バイパスに上り、高知南郵便局先の交差点を右折。約30分。

高知県高知市長浜857-3
088・837・2233

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、20台、門前・境内まで徒歩約1分)
第三十三番札所 雪蹊寺
▲趣ある大師堂のたたずまい

お寺の場所を地図で見る近辺の宿泊施設一覧

数々の名僧を生んだ禅宗寺院
歴史・全体像
 四国霊場の中には2カ寺だけ禅宗に所属する寺がある。それが、阿波藤井寺とこの雪蹊寺だ。この寺は延暦年間(782〜806)に弘法大師が開山。もともとは少林山高福寺と称した真言宗の寺であったというが、創建の時に弘法大師自らが御座大師像を刻んだという。鎌倉時代には仏師・運慶と長男の湛慶が来山。寺は慶運寺という名に改められる。その後、寺は荒廃するが、天正年間(1573〜1592)には月峰(げっぽう)和尚が入山。時の大名・長宗我部元親が和尚と親しい間柄であったことから、寺は再興を果たす。またこの時に元親の宗派に習って、真言宗から臨済宗に改宗、寺号も元親の法号より高福山雪蹊寺とする。元親が慶長4年(1599)に伏見で没した後に、後を継いだ盛親はこの寺を長宗我部氏の菩提寺に定めた。明治に入って、廃仏毀釈のあおりを受けて廃寺の危機に見舞われるも、明治17年に名僧として知られる山本太玄の努力で再興された。太玄の弟子に当たる山本玄峰もまた、名僧とうたわれる人物。この玄峰が若い頃、失明のような状態になり、裸足で7回の遍路に出た。その途中に太玄と出会い、「心眼を開け」の言葉を授かる。玄峰は静岡県にある三島龍沢寺ほか、多くの寺を再興した。また、朱子学南学派の祖ともいうべき僧・天室も、この寺の住職を務めた。天室の弟子からは谷時中、小倉三省、野中兼山らが輩出された。
▲安産祈願に多くの人が訪れる安産地蔵


▲境内にある観音堂
本堂
 広々とした境内正面に本堂がある。この本堂には1つの額が奉納されている。中には眼鏡が入っているが、太玄と玄峰のエピソードから眼病祈願を行い、平癒した人が奉納したと思われる。
▲どっしりとした本堂

▲眼鏡の額が奉納されている
ここが見所

▲鐘楼も一見の価値あり
本尊の薬師如来像
 運慶晩年の作といわれる薬師如来は、鎌倉時代の作風を今に伝える名品で国の重要文化財に指定されている。脇侍の日光・月光菩薩とともに檜の寄木造。この本尊をはじめ雪蹊寺は「鎌倉仏像の宝庫」といわれるほど名品が安置されており、それらは宝物館に納められている。

▲梵鐘に刻まれた銘

梵鐘
 境内に入ると右手にある梵鐘には「朝破無明夢 夕闇清浄智」の銘が。この詩は三島龍沢寺の老師で、山本玄峰の弟子である中川宗淵より贈られたものである。

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