| 四国霊場の中には2カ寺だけ禅宗に所属する寺がある。それが、阿波藤井寺とこの雪蹊寺だ。この寺は延暦年間(782〜806)に弘法大師が開山。もともとは少林山高福寺と称した真言宗の寺であったというが、創建の時に弘法大師自らが御座大師像を刻んだという。鎌倉時代には仏師・運慶と長男の湛慶が来山。寺は慶運寺という名に改められる。その後、寺は荒廃するが、天正年間(1573〜1592)には月峰(げっぽう)和尚が入山。時の大名・長宗我部元親が和尚と親しい間柄であったことから、寺は再興を果たす。またこの時に元親の宗派に習って、真言宗から臨済宗に改宗、寺号も元親の法号より高福山雪蹊寺とする。元親が慶長4年(1599)に伏見で没した後に、後を継いだ盛親はこの寺を長宗我部氏の菩提寺に定めた。明治に入って、廃仏毀釈のあおりを受けて廃寺の危機に見舞われるも、明治17年に名僧として知られる山本太玄の努力で再興された。太玄の弟子に当たる山本玄峰もまた、名僧とうたわれる人物。この玄峰が若い頃、失明のような状態になり、裸足で7回の遍路に出た。その途中に太玄と出会い、「心眼を開け」の言葉を授かる。玄峰は静岡県にある三島龍沢寺ほか、多くの寺を再興した。また、朱子学南学派の祖ともいうべき僧・天室も、この寺の住職を務めた。天室の弟子からは谷時中、小倉三省、野中兼山らが輩出された。 |

▲安産祈願に多くの人が訪れる安産地蔵

▲境内にある観音堂 |