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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第二十九番札所 国分寺
御詠歌/国を分け宝を積みて建つ寺の末の世までの利益のこせり
本 尊/千手観世音菩薩
真 言/おん ばざら たらま きりく
宗 派/真言宗智山派
開 基/行基

国分寺までのアクセス
南国インターチェンジから国道32号線を南国市方面へ。道の駅南国の前を左折し、県道45号線に入る。約1km走り、バス停国分寺通を右折。約400m走ると右手にある。約15分。

高知県南国市国分546
088・862・0055

宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、50台、仁王門脇・境内まで徒歩約3分)
第二十九番札所 国分寺
▲中門そばにある光明殿

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土佐を代表する名刹は紀貫之も訪れた
歴史・全体像
 「諸国で最もよい土地を選んで建てよ」という聖武天皇の勅願により、天平13年(741)に行基が建立した寺。天皇自らが金光明最勝王経を書写して納め、天下泰平、五穀豊穣、万民豊楽を願う祈願所とした。本尊は千手観世音菩薩。後に弘法大師が真言宗の寺として中興。招福・除災の星祭の秘法を修めて、四国霊場に定めた。一帯は『土佐日記』の作者・紀貫之が、国司として4年間滞在した国府の地としても有名。歴代天皇からの信仰が厚かったほか、長宗我部氏や土佐藩主・山内氏からも信仰を集めた。数多くの史跡が残っていることから、大正11年には境内地全域が史蹟として国の文化財指定を受けている。また、昭和52年から行われた寺の発掘調査では、弥生時代の住居跡も見つかっている。寺宝は大小2つの木造薬師如来立像。約1mの像は平安後期の檜の一本造り、もう1つの約35cmの像は鎌倉時代の寄木造りで、いずれも重要文化財に指定されている。寺の北東には紀貫之が赴任した屋敷跡もあるので、ぜひ足を伸ばしたい。この寺では、鐘を朝夕2回つくが、その音は全部で7つ。これは真言を唱える回数を表している。
▲朝夕つかれる鐘
本堂(金堂)
 本尊の千手観音をまつった金堂は、永禄元年(1558)に長宗我部国親・元親親子が再建したもの。樹齢150〜200年の椹(さわら)を使った柿(こけら)葺と天平様式を思わせる寄棟造りが特徴的な建物は、明治37年に国の重要文化財に指定されている。内部の海老紅梁(えびこうりょう)は土佐で最も古いとされており、吹寄垂木からは室町時代の特色が見て取れる。昭和7年から8年にかけて解体大修理、昭和41年と平成6年には屋根の葺き替え工事が行われた。
▲本堂(金堂)は一見の価値あり
大師堂

▲銅板葺きの大師堂
 寛永11年(1634)に建立された大師堂は、文化年間(1804〜1809)と明治17年に修復された。また昭和35年には屋根の大修理が行われており、それまで柿葺きだった屋根が銅板葺きに改められている。
ここが見所

▲威風堂々とした山門
仁王門
 明暦元年(1655)、土佐二代藩主・山内忠義公が寄贈したといわれる。豪壮な二層造りの門の左右を、金剛力士が固めている。昭和62年には解体修理が行われた。階上には創建当時の梵鐘が架かっていたが、現在は金堂の中に収められている。口径47cm、高さ63・8cm、重さ225kgの梵鐘は、 その形状から平安時代前期のものとされ、国の重要文化財指定。
ここが見所
庭園・句碑・歌碑
 杉苔が美しい庭園が、訪れる者の心を和ませてくれる国分寺。この庭は、創建当時の塔心礎を主石として整備されているという。境内には句碑、歌碑も点在。中門を入ったところには、俳人・高浜虚子の5女である高木晴子の「来し方を行く方を草朧かな」の句碑が。これは昭和59年11月に建立されたものだ。また、平成7年2月には虚子の長男である年尾の「お遍路の静かに去っていく桜」という句碑も建立された。歌碑は昭和46年に建立されたもの。フランス文学者朝吹登美子の母・磯子の歌が刻まれている。いずれも手入れの行き届いた木々の間にあり、じっくりと観賞しながら疲れを癒すお遍路さんも多い。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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