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癒しの巡礼/四国八十八カ所

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地図四国霊場八十八カ寺巡り
第二十七番札所 神峯寺
御詠歌/みほとけのめぐみの心こうのみね山も誓ひも高き水音
本 尊/十一面観世音菩薩
真 言/おん まかきゃろにきゃ そわか
宗 派/真言宗豊山派
開 基/行基

神峯寺までのアクセス
土佐くろしお鉄道唐浜駅から、国道55号線を走り、安田町東谷の出光石油GS前を左折。約1km道なりに走った後左折、約3km道なりに走ると正面にある。約15分。

高知県安田町唐浜2594
0887・38・5495

宿 坊/なし 駐車場/あり(300円、30台、山門下・境内まで徒歩約10分)
第二十七番札所 神峯寺
▲躍動感に満ちた弘法大師像

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遍路ころがしの急坂真っ縦の上にある土佐路の関所
歴史・全体像
 「真っ縦」と呼ばれる急勾配の山道で登る神峯山山頂付近に位置する神峯寺は、かつては難所として遍路ころがしの土佐路の関所寺。神功(じんぐう)皇后が戦勝を祈願することを目的に、天照大神など諸神をまつったのがはじまりといわれている。その後、行基が十一面観音を刻んで本尊とし、神仏を合祀した。大同4年(809)には弘法大師が聖武天皇の勅命により来錫、諸堂を整える。明治時代には神仏分離令で廃寺となり、本尊の十一面観音は金剛頂寺へと移される。しかし、明治17年には再興された。
 この寺は、三菱財閥創始者である岩崎弥太郎の母親が、息子の開運を祈願して熱心にお参りしたことでも知られる。母親は安芸市にある自宅から寺までの20kmを歩き、さらには「真っ縦」を登る…という苦労を約21日間も続けた。母の愛のなせるわざか、明治維新までは土佐藩の下級武士だった岩崎家の出身ながら、弥太郎は日本を代表する大財閥の総帥となることができたという。
本堂・大師堂
 仁王門から本堂までは、約150段の石段を上りつめる。石段の両脇には美しい日本庭園が整備されていて、お遍路さんの疲れを癒してくれるよう。とりわけ早春の梅、初夏のツツジは美しい。石段を登り切ったら本堂と大師堂へ。鬱蒼とした樹木を背にした堂宇は簡素ながらも堂々とした、たたずまいだ。境内からは、土佐湾が一望のもとに。
▲真っ赤な炎を背負った不動明王像

▲緑に囲まれた大師堂


▲本堂は自然ととけこみ、実に優雅
ここが見所
石段沿いの景観
 寺内の景観の美しさでは、四国霊場でも有数といわれる神峯寺。仁王門から本堂まで続く石段の両端には、樹齢数百年の古木と、綺麗に手入れされた、低木とのコントラストが美しい。さらに、梅の季節にはウグイスの風流なサエズリを耳にすることもできる。また、見事な日本庭園も目を奪うばかり。花の名所としても名高い。


石清水
 急坂で疲れた遍路の喉を潤してくれるのは、鐘楼の裏手に湧く石清水。この水は病気平癒に霊験あらたかであるという言い伝えがある。この水には一つの伝説が残されている。北海道在住の女性が病の床につき、危篤状態の時に夢に弘法大師が現れた。大師は女性に鐘楼の後ろから湧く水を飲ませてくれたが、目覚めた後に女性は一命をとりとめた。その後、女性が夢に出た場所をこの神峯寺で見つけたという。

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※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
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