ぐるなびトラベル(インターネット版旅の手帖)
ぐるなびへ
HOME >癒しのくに四国

癒しの巡礼/四国八十八カ所

TOP徳島エリア高知エリア愛媛エリア香川エリア前の寺へ次の寺へ
地図四国霊場八十八カ寺巡り
第二十三番札所 薬王寺
御詠歌/皆人の病みぬる年の薬王寺瑠璃の薬を与えまします
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/高野山真言宗
開 基/行基

薬王寺までのアクセス
JR日和佐駅から瑜祇塔が見える。約1分。徳島インターチェンジから約1時間50分。

徳島県日和佐町奥河内字寺前285-1
0884・77・0023

宿 坊/あり(要予約) 駐車場/あり(無料、50台、門のすぐ前・境内まですぐ)
第二十三番札所 薬王寺
▲上の方に灯台のように見えるのが瑜祇塔

お寺の場所を地図で見る近辺の宿泊施設一覧

厄坂に置くお賽銭で厄おとし
歴史・全体像
 神亀3年(726)に行基が聖武天皇の勅願によって一寺を建立したのがこの寺の始まりであるといわれる。その後、弘仁6年(815)に弘法大師が平城天皇から、民衆の厄除け祈願寺を開くようにとの勅命を受けて本尊の薬師如来を刻んで安置し、厄除けの根本祈願寺とした。平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇、鳥羽天皇と、歴代の天皇が厄除け祈願をするために勅使を遣わしたという。嘉禄2年(1226)には土御門上皇が皇居として住まわれた。その後も後嵯峨天皇が伽藍を再建されたり、仁助法親王が落慶供養をしたり、藩政時代には蜂須賀家から寺領を賜わるなど、大変な信仰を集めた寺である。現在でも厄除けの寺として全国に名を馳せ、参拝する人が後を絶たない。
 鯉の泳ぐ、用水路にかかる厄除け橋を渡って仁王門をくぐると勾配の急な女厄坂がある。階段を上りきったところの絵馬堂には厄除け臼があり、自分の歳の数だけ厄除けを祈願しながら杵でつくのが習わしだ。女厄坂の次は男厄坂。それを上がると本堂に出る。本堂の右手から瑜祇塔(ゆぎとう)へは還暦厄坂を上がる。男厄坂を上がった所の広場や瑜祇塔からは、ウミガメのやってくる日和佐の町並みと海を見下ろすことができる。
本堂

▲朱の色が鮮やかな瑜祇塔
 開創以来、幾度かの火災や天正の兵火などで焼失・再建をくり返したが、現在の本堂は明治41年(1908)に再建されたもの。本尊の薬師如来にまつわる不思議な伝説が残っている。文治4年(1188)の火災の時に焼失を免れるため、自ら玉厨子山に飛び去り、毎夜光りを放っていたというのだ。その後伽藍を再建し、新しい薬師如来を安置したところ、飛び去っていた薬師如来が再び飛び戻ってきて、新しい像の後ろに座られたという。それからは後ろ向き薬師と呼ばれている。

▲後ろ向き薬師の安置された本堂

▲大師堂は本堂の左手にある
ここが見所
厄坂
 厄坂はそれぞれ3つあり、女厄坂は33段、男厄坂は42段、還暦厄坂は61段。石段の下には薬師本願経を小石に1字ずつ書かれたものが埋められていて、1段ごとに賽銭を置きながら上がっていくのが習わしとなっている。1円玉や5円玉をたくさん用意していくのが得策だ。


瑜祇塔(ゆぎとう)
 真言宗の経典である瑜祇経の教理を形にあらわしたもので、高さ29mの塔だ。地下は真っ暗な戒壇めぐりに、閻魔図などの書画を展示。1階には弘法大師の一生を著した、高野大師行状図画を展示している。約700年前のもので、国宝に指定されている。2階展望台には幸せを運ぶという金色の亀が。見学料は大人100円。

▲ページトップへ 

※掲載している施設名、営業時間、休み、料金等は、平成14年10月〜11月に調べ たものです。その後、変更されていることが考えられます。あらかじめご了承下さい。なお複雑で変則的なデータに関しては、主要なものだけを表示しています。詳細は直接施設までお問い合わせください。
癒しのくに四国INDEX

Copyright © 1997-2005 GOURMET NAVIGATOR INC. All rights reserved.

香川県 愛媛県 徳島県 高知県