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癒しのくに四国
御詠歌/薄く濃くわけわけ色を染めぬれば流転生死の秋の紅葉ば
本 尊/薬師如来
真 言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
宗 派/曹洞宗
開 基/聖武天皇(勅願)
国分寺までのアクセス
藍住インターチェンジから県道1号線を徳島市内へ行き、国道192号線と合流すると石井町方面へと走っていると看板があるので、それに沿って県道123号線へ。約25分。
徳島県徳島市国府町矢野718-1
088・642・0525
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、15台、境内すぐ横・境内まですぐ)
▲薬王山と書かれた山門横には、今も聖武天皇勅願所の文字が鮮やかに彫り込まれている
歴史・全体像
天平13年(741)、聖武天皇が天下泰平を祈願して全国66カ所に建立した国分寺のひとつで、天皇の勅命を受けた行基が建設を指揮。当時の規模は寺領二町四方、鎮護国家の祈願所として七重大塔を備えた大寺院として知られていた。しかし寺は天正年間(1573〜1592)長宗我部軍の兵火によって、烏瑟沙摩明王堂(うすさまみょうおうどう)だけを残して焼失した。その後長く廃寺となっていたが、寛保元年(1741)に藩の命令によって再建され、以来宗派も現在の曹洞宗となったそうだ。
本堂
山門をくぐって真正面に見えるのが本堂。重層入母屋づくりの本堂は、文化文政年間(1804〜1830)に第九世光山文明和上によって再建されたもので、当時の歴史を彷彿させるスケールを持つ。本尊の薬師如来は行基自ら彫ったものと言われ、また堂内には、国分寺建立を指揮した聖武天皇と光明皇后の位牌が祀られている。
その他
▲大師堂横にある烏瑟沙摩明王堂(正面)
国分寺の中で唯一戦国時代の兵火を逃れた烏瑟沙摩明王堂。烏瑟沙摩明王とは弘法大師が唐から招来した仏で悪を降伏させて善へ導く役目を持つ諸尊。また眼と下半身の病に霊験があると言われ、家の中にかまどの神様や風呂の神様が祀られていたのと同じように、一般にトイレの神様と信仰され、不浄金剛とも呼ばれている。納経所では烏瑟沙摩明王の札も置かれているので、トイレの入口に貼っておくと下の病気も治るという。
ここが見所
庭園
一般公開されていないが(事前に連絡をとっておけば見学できる)本堂横の庭園は、文化財保護審議会が国の名勝に指定するよう答申した庭。池泉観賞式の大庭園で、構造的には東側の築山泉水庭と、西側の枯山水に大別され、2つの庭が大洞門で連なった独特の様式を持っている。中でも青石で石組みした築山の蓬莱(ほうらい)山、遠山石、枯滝などはみごたえたっぷり。また本堂西側に組まれた高さ4.3mの立石は、全国の庭園随一の巨石としての価値がある。しかしまだ現在は荒廃したままで復元されていないので、その復元方法などの課題もあるそう。修景できれば安土桃山時代を代表する古庭園として今以上に歴史的価値もでてくる。
七重塔心礎
広い境内の片隅に、七重塔の心礎と言われる心礎石が置かれている。天平12年(740)国分寺造営詔勅の前年諸国に七重塔造営が詔られているので、天平年間(729〜748)には建立されていたと思われる。この心礎は環溝型という珍しい形式で、塔の本の地か、興禅寺前のたんぼから発見されている。
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