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御詠歌/後の世を思えば恭敬焼山寺死出や三途の難所ありとも
本 尊/虚空蔵菩薩
真 言/のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃまり ぼり そわか
宗 派/高野山真言宗
開 基/役行者小角
焼山寺までのアクセス |
JR徳島駅から国道438号線を神山町方面へ。城西高神山分校隣の雑貨店の横を右折し、橋を渡って山中へ。約1時間30分。徳島インターチェンジから約1時間45分。
徳島県神山町下分字地中318
088・677・0112
宿 坊/あり(要予約) 駐車場/あり(300円、100台、参道入口・境内まで徒歩約10分) |
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▲境内中央に位置する本堂

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歴史・全体像 |
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歩き遍路の昔から、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」といわれ、遍路道の中で一番の難所であった。国道からどんどん細い山道をのぼってやっと辿り着く、標高938mの焼山寺山の8合目付近に位置するこの寺は、車で巡礼できるようになった現在でも、四国八十八カ所の中で最も険しい難所といえる。十一番の藤井寺からの遍路道は今でも残っているが、そこは徒歩でしか通れず、山道を越えて約6時間〜8時間もかかるというから、さぞ車の無い時代は大変だったろうと、お遍路さんの苦労がしのばれる。駐車場から仁王門までは杉木立の中を通り、左手側を見れば遠くの山並や雲が眼下に見える。
もともとは大宝年間に役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)が山を開き、蔵王権現をまつり、庵を結んだのがこの寺の歴史の始まりといわれている。ある日、弘法大師がこの地へ修行に訪れ、疲れから杉の木の下で眠って休んでいたところ、夢の中に阿弥陀さまが現れ、周囲の異変ぶりを告げられた。目を覚ますと、山は火の海に。そこで大師が身を清め、真言を唱えながら山を上ると、火が徐々に消えていった。9合目あたりまで来た時、岩窟から大蛇が姿をあらわし、大師の修行の邪魔をしようと更に向かってきたのである。その時、光と共に虚空蔵菩薩さまが現れ、その力を借りて大蛇を封じ込めた。その岩窟は、境内から歩いて約30分の奥の院へ行く途中の道筋に残っている。そして大師自ら三面大黒天を彫り、岩窟の上に安置して以来、天変地異がおこらなくなったという。また、本尊の虚空蔵菩薩を刻み、焼け山の寺と名付け、梵語で水輪を意味する摩廬山と山号をつけたそうだ。 |
奥の院への道 |
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| 奥の院へは境内から歩いて約1kmの山頂にあり、途中には、大蛇を閉じ込めた岩窟、牛頭権現、大師の杖を立てた杖立権現、せり割りの岩、五葉の丸、蛇渕などがある。また、大師が護摩をたいた大岩には、蛇伏せと称される、大師爪彫りの三面大黒天が残されているという。 |
▲文化5年(1808)に建てられたという大師堂
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▲どっしりとした杉の老木が参拝者を迎えてくれる |
ここが見所 |
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荘厳な雰囲気を漂わせる杉
境内に足を踏み入れて驚くのは、杉の巨木の多さである。幹の樹周5m前後の巨木は天然記念物に指定されている。山門付近に約40本、本堂西南に約15本、そして奥の院に至る山中に100本余りあるという。推定樹齢は約300年で、焼山寺のシンボルとなっている。 |
ここが見所 |
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三面大黒天
弘法大師作のもので、中央に大黒天の像を、右面に毘沙門天の像を、左面に弁財天の像を彫ったもの。本堂に向かって左側の三面大黒天堂に安置されている。日本三体のうちの一つであるが、他の2体はそれぞれの場所で焼失し、現在ではこの焼山寺にまつられているもののみだそうだ。毘沙門天は手に持った塔から珍宝を出して民衆に授ける福の神であり、弁財天は水に縁深い女神で、その手に持った琵琶から心地よい音を出して民を喜ばせる神様で知恵の徳を授けてくれる。大黒天は戦闘の神であり、悪魔を降伏させる力があるという。この3人の神が一体となっているだけあって、除災招福の神として大変深い信仰を集めている。 |
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