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癒しのくに四国
御詠歌/極楽の宝の池を思えただ黄金の泉澄みたたえたる
本 尊/釈迦如来
真 言/のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
宗 派/高野山真言宗
開 基/行基
金泉寺までのアクセス
板野インターチェンジから、県道12号線を上板町方面へ進み、最初の信号を右折。約50m直進して左折すると右手にある。約3分。
徳島県板野町大寺亀山下66
088・672・1087
宿 坊/なし 駐車場/あり(無料、10台、寺のすぐ横・境内まですぐ)
歴史・全体像
聖武天皇勅願により天平年間(729〜749)に建立。当時は金光明寺と言われていたが、のちに弘法大師巡錫中に水不足で悩む地元の住民の声を聞き、大師が井戸を掘った。すると霊水が湧き出たため、その素晴らしさに感動した大師は堂宇を建てて金泉寺と改称した。その後亀山天皇が金泉寺を崇拝し、京都の蓮華王院にならった三十三間堂を設立、さらに千手堂を安置して、山号を亀光山と称したそう。天皇は勅願の道場として経蔵を造り、日本各地から学僧を集めて講演を行い、寺は大いに栄えたという。その頃の規模を知る資料として、東門、南門等が記された古図面が寺に伝わっている。また皇室との関係はそれ以降も深く、南北朝時代に南朝の長慶天皇が晩年をこの寺で過ごし崩御されたという伝説も残っている。
平成8年に完成した朱塗りの仁王門をくぐると、左手に鐘楼、右手に八角形をした色鮮やかな朱塗りの観音堂が見えてくる。本堂の左側にある護摩堂の格天井は美しい花鳥が描かれていて見所のひとつ。山を背景に正面に本堂、右手には歴史を感じさせる古い瓦の大師堂、その奥には黄金地蔵尊堂が建つ。境内は、いつ訪れても心よく巡拝できるようにと、きれいに清掃されている。
▲寺の中で一番古い仏像がこの観音堂の中に安置されている
本堂
寺の正面に位置する本堂は、なだらかな瓦屋根の落ちついた印象。天平の兵火で大師堂以外の諸堂が焼失したので、現在の本堂はその後復興されてからのもの。本尊は三尺の釈迦如来で、脇仏の薬師如来、阿弥陀如来の三尊ともに行基の作と伝えられている。
▲本堂左側にある庭園
ここが見所
黄金の井戸
観音堂の右隣の小さな祠にあるのが、黄金の井戸と地蔵尊。寺名の由来ともなった井戸は現在でもこんこんと湧き出ていて、この井戸をのぞき込み、影がはっきり映れば長寿、ぼやけていると短命という言い伝えがある。参拝者は井戸をのぞき込み一喜一憂して帰っていくそう。また井戸の傍らに座っている地蔵さんは、北向き地蔵と呼ばれ、首から上の病気に霊験があるという。自分の悪い場所と同じところをなでながら、願をかけるといいそうだ。
弁慶の力石
源氏と平家が真正面から戦った寿永4年(1185)の冬、平家を打ち落とそうと屋島へ向かっていた源義経一行が、戦勝祈願をすべくこの寺に立ち寄った。その時に弁慶が持ち上げた石が「弁慶の力石」。大事な一戦を控えた義経が、弁慶の人並み外れた力量を自軍の兵の前に示し、士気を鼓舞したという、言い伝えの巨石で、普通の人ではとうてい手も回らない大岩。現在は境内西隣の庭園の角に置かれている。
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